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尾八原ジュージ

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「うちの旦那、死んだって前に言ったじゃない。実は死なせたの、私なんだよね」

 隣に寝ていた彼女が突然そんな話を始めたので、俺は思わずぎょっとしてしまう。

 年季の入ったラブホテルの一室は全体に赤い壁紙、そして天井には大きな鏡が、ベッドを見下ろすような位置で貼られている。換気扇がたてる巨大な虫の羽音みたいな作動音をBGMに、女は淡々と、どうやって自分が夫を見殺しにしたのか語る。

 彼女とは画廊で知り合った。あるグループ展に参加したとき、当時ほとんど無名だった俺の作品を気に入って、即決で購入してくれた。「実はあなたの絵、旦那の保険金で買ったんだよねぇ」そんなことまで事も無げに告白されてしまうと、かえって薄ら寒いものを感じる。

(――なんて、こんなの冗談だろ)

 ひとしきり話を聞いたあと、俺はようやくその結論にたどり着く。

「そんなことわざわざ教えてくれるなんて、あんたずいぶん正直者だね」

 冗談にのっかるつもりでそう言うと、彼女はくすぐったそうにふふふっと笑う。

「ねぇ、なんで私がこんな話始めたと思う?」

「わからない。なんで?」

「共有しといた方がいいと思って。あなたと」

「いや、それじゃまだわからないって。なんで?」

「実はあなたと付き合いたくなったから、夫に死んでもらったんだよね。あの展覧会のずっと前から、あなたのことは知ってて……ほら見て」

 そう言って彼女が天井を指さす。

 大きな鏡にベッドと、その上にいる俺と彼女の姿が映っている。

 尖った人差し指の爪の先から伸ばした直線の先をよく見ると、自分と彼女の間の歪な空間に、なにか黒くて丸いものが映っている。実際には何もない、くちゃくちゃのシーツが広がっているだけのその空間に、一体何が映るのだろう? 顔をしかめて眺めていると、

「旦那の首」

 彼女が耳元で囁く。

 ぎょっとしてまた鏡を見ると、確かにその黒いものは生首の頭頂部を映したもののように見える。黒髪が渦を巻いている。つむじがある。なのに直接見ようとすると、そこには何もない。

「わかる? あの首、あなたの方を向いてるの」

 だから教えといた方がいいかと思って。女は首を伸ばして、耳元でそう囁く。

 俺は鏡を見上げる。少し目を離した隙に、黒いものはさっきよりも俺の顔の方に近づいている。

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