第11話


  その後。


 首謀者のグロスマウルは、王都には戻ったものの、騎士の資格を剥奪、労働奉仕の刑に処された。性格を鑑みれば極刑に勝る屈辱であろう。この男に癒着していた取り巻きたちも同様に処罰された。

 拠点近隣の村は不当課税や狼藉から解放され、一時ながらレーヴェンの管轄に入れられた。人員の手配は順調で、後任の隊長も、間もなく赴任することだろう。

 拠点のある村では死んだフェルスグリューンの供養にと、彼が植えた樹木の傍らに小さな慰霊碑が立てられた。手向けの花は絶えることなく、親しみを持って維持されている。

 その小さな慰霊碑と樹木に寄り添うように、かつての重装騎士が立っていた。

 人々には姿こそ見えないが、彼はあの日から静かに拠点を、村の人々を、森から見守っている。



 事件直後のことだ。

 森の中。蒼槍を持つ重騎士は、かつて自分が殺されて埋め立てられた場所に立っていた。

「…終わった、な。」

 ぽつりと呟く。片が付いた、肩の荷が下りた、そんな感じだった。

「君のおかげで良い方向に事が進んだ、感謝している。」

 瞬間に姿を現した妖精は、照れくさそうに横を向く。

「別に。森の神様のご命令であって、僕の意思なんかじゃないもん。」

 という言葉とは裏腹に赤らむ頬が愛らしく、彼は目元を和ませる。

「それでもさ。ありがとう、…オリーブ。」

 妖精の華奢な肩が跳ねる。その瞳には驚愕と、喜びが滲んでいた。

「どうして、…わかったの?」

「記念に植えた樹のことを思い出してから、なんとなく、君かなって。あ、女の子だからオリーヴェかな?」

 妖精は、―――オリーヴェは、背後で両手を組んで浮遊する。

「…悔しかったんだ。あなたがどんな想いで僕を植えたのか、知っていたから。」

 オリーブは豊穣・富の象徴であり、その花言葉は知恵と平和、安らぎ。

「トリカブトだって、たまたま山から種が運ばれてきて偶然芽吹いたんだ。確かにあのままなら燃やされていただろうけれど、少なくともあなたなら悼んでくれた。だけど、…。」

 オリーヴェは、ぎゅっと小さな拳を握りしめた。

「…あんな奴に踏み躙られた。―――僕が復讐したかったんだ。」

「でも君は選ばせてくれたじゃないか。復讐以外の選択を。」

「それはっ! …森の神様のお言葉もあったし、あなたに…復讐なんて、相手を殺すなんてこと、似合わないし。…あ、でも。ある意味、死ぬより酷い目に合わせるのだから、復讐になる、の、か、な…?」

 小首を傾げる姿は可愛くて、彼は微笑した。

「優しいな、君は。」

「なっ! …まったく、あなたには敵わないよ。」

 肩を落とすオリーヴェに彼は声を上げて笑い、彼女も苦笑から笑顔になる。

 一頻り笑って、彼はひとつ息を吐いた。

「ああ…最期に、君と話せて好かった。」

 重騎士と蒼槍、その輪郭が薄れ始める。

「そんな、待って、せっかく神様が与えてくださったのに!」

「俺は既に死人だ。長く留まるべきではない。森や山に悪影響を及ぼすかもしれないだろう?」

「だったら!」

 オリーヴェは蒼い槍に取り縋る。

「そうだよ、役目をもらえばいいんだ。まだ役に立てるでしょう? 森の神様!」

 必死な様子で深森の樹梢を見上げて表情を歪ませる。困ったように眉を下げてフェルスグリューンがやんわり止めようとした瞬間、一陣の風が吹き渡る。

「わっ…。」

 風は優美な緑光となって重騎士と蒼槍とを翡翠色に染め上げた。

 幽霊ではない、かといって妖精でもない。その姿は、森の加護を授かった精霊そのものであった。

 また一陣の風が吹き、森全体がさざめき揺れる。まるで、騎士道を貫いた彼を称讃するかのように。

「森の神様が慈悲を下さったんだ!」

 オリーヴェは大喜びで空中を飛びまわり、勢い余って彼の胸に飛び込んだ。

「あなたの存在が忘れられるまでっていう期限はついてるけれど、それでもまだ一緒に居られるんだ! やったぁ!」

 空色の瞳を歓喜に輝かせて彼を見上げてくる。彼も堪らずオリーヴェを抱きしめて、その小さな頭を撫でながら樹梢を見上げた。

「森の神よ…感謝いたします…。」

 穏やかに瞑目する。樹梢の清かな音が心地よかった。

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