第9話
時間は少し遡る。
レーヴェン・フェアトラークの一行は、村の入り口で馬を止めた。
拠点に一番近いこの村は普段なら人の往来も賑やかなのだが、いま外には誰も居ないうえ、異様な空気が漂っている。民家から人の気配はするものの、突き刺さるような視線の多くに、明らかな敵意がこもっていた。
「さすがに様子が、…うん?」
少し離れた民家から扉の開く音、言い争う声、飛び出した人影で、部隊に緊張が走る。
けれども現れたのは、
「ヤツらじゃねぇ、フェアトラーク様だ! どうか…どうか、お願いします!」
まだ少年といえそうに年若い、村の青年だった。
「どうした、何があった?」
全速力で走ってきたのだろう、青年は肩を上下させて膝に手をついた。
「実は、あぁ…よかった、これから一揆を起こそうってんで、血の気の多い連中が準備を始めてたんです。もう耐えられないって…!」
「そうだったのか、…間に合って良かった。皆を広場へ集めてくれるか?」
「はい!」
青年はもと来た道を駆け戻っていく。レーヴェンは仲間たちと顔を見合わせ頷くと、入り口に見張りを残して村の広場へ向かった。
少し待てば、続々と村人たちが広場に姿を見せはじめた。みな不安げに、苛立ちを隠せずに一行を見つめている。
村人が揃ったところで、彼は馬から下りて全員を見渡した。声を張り上げる。
「皆、よく集まってくれた。実はムアルメ拠点における此度の隊長と隊長代理に係る事案で、国から令状が出され、調査するようにとの命が下された。なので、代表者を数名連れて行きたい。」
広場はいっとき騒がしくなるも、その中から三人が進み出た。
「俺たちがお供します!」
一人は三十代と思しき男性で、自らを自警団の代表だと名乗った。
「隊長代理が就任してから、あいつらに好き放題されて…もうまっぴらだ!」
一人は恰幅の好い中年の女性で、女たちを代表して付いていくと言った。
「私らに良くして下さったフェルス様が、謀略なんて企む筈がありません!」
一人は年輩の男性で、白髪をひっつめた、背筋の真直ぐな村長だった。
「騎士様…何があったとしても、儂らは受け入れますぞ。」
彼は頷きを返し、手勢の半分を村の警戒に割り当てる指示を出す。
「他の皆は自宅で待機していてくれ。もしもの時に備えるんだ。」
もしも。その言葉にまたも広場が騒がしくなる。彼は違うと首を振る。
「無いとは思うが、小競り合いにならないとも限らないからな。」
そう言うと、子供を持つ親たちが表情を強張らせる。
「大丈夫だ、近隣の村にも手は打ってある。…なぁ、坊や。」
彼は前列に居た幼子へ屈んで目線を合わせると、快活な笑みを浮かべた。
「好い子で留守番できるな?」
「…うん!」
「よし、好い返事だ! お父さんと一緒に、お前がお母さんを守るんだぞ。」
「ん!」
小さな頭をひと撫でし、両親らしき夫婦に頷いてみせて、レーヴェンは馬を引く。
「お待ちください!」
人の散り始めた広場で、なお立ち去らぬ男たちが訴えかける。
「自分たちも行きます。」
「多少の男手なら足手まといにはなりませんでしょう?」
「なんなら鍬でも鋤でも持っていきますよ。」
そんな男たちの様子に、代表の一人の中年女性がそれなら、と付け足した。
「私は箒でも持っていくかね。日頃から使い慣れてる得物なら、振り回す甲斐があるってもんだよ。」
そんな軽口の応酬で、広場は和やかな笑いに包まれたのだった。
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