第7話

 魂の彼は考えていた。現状を把握する、それが今の彼に必要なことだった。

(「俺は今、どんな感情を抱いているだろうか。」)

 混乱が落ち着けば、自分勝手な相手の言い分に怒りを覚えた。

(「町や村は、どうなっているのだろうか。」)

 推測の域を出ないものの、良い方向には想像できない。

(「俺のやるべきことは、何だ?」)

 復讐したとして、その後は―――?

 魂の彼は、順々に思考する。

(「仮に復讐を果たしたとして、その後はどうなる?」)

 治安維持や中央への取り次ぎ、係る人事は誰がやるのか。

(「肉体を得たとして、人々に接触できるのか?」)

 信じてもらえるのか。それどころか事態が余計に混乱するかもしれない。

(「しかし、俺を殺してまで上に立つ奴を信用できるのか?」)

 そもそも、そのような輩が地域周辺の安定を考えるだろうか。

(「あれからどれ程の時間が経過したのか…やはり現状を知る必要がある。」)

 ひとまず腹は決まった。魂の彼は視界を横転させて大地を見下ろす。踏み躙られた幼い草に寄り添う翅小人を真摯に見つめる。

「(決まったよ。)」

 優しいとさえ言えるような穏やかさで、彼は告げた。

 翅小人が、小さく肩を震わせる。

「復讐…しに、行くの?」

 おずおずと問い掛ける声に、魂の彼は言った。

「(復讐を目的にはしない。現状を見極めに行く。―――領民たちの為に。」

 声が鮮明になる。意志は固く、魂という名の信念は揺るぎない。

 翅小人は、諦めるように溜め息をこぼした。

「わかった。…そう言うと思ったよ。」

 微苦笑を浮かべて、小さな両手を祈るように重ね合わせる。その小さな体躯が淡い緑光に包まれると、黒土の大地、彼の遺体があるだろう場所とが光る。

 踏み躙られた幼い草を包むように、人間の両手が地面から突き出てきた。黒い土砂が飛び散ると遺体が露出し、魂の彼は吸い込まれていった。

 追剥ぎにあったような死骸だった。小手や脛当てがあっただろう箇所に装備は無く、衣服や覗く肌にも切り傷が多く、致命傷となった腹部の刺し傷は深く痛々しい。そして夥しい量の出血だったであろう服の血染みは全体的に広く黒ずみ、時間の経過で腐り始めている箇所もあった。

 その胸には、まだ腐敗していない両手が祈るように組み合わさって、幼い草を抱いている。その幼草がむくり…と起き上がり、踏み躙られた茎の脇芽から驚異の速度で成長する。葉を伸ばし、茎を伸ばして蕾を広げ、花を咲かせた。

 哀しいほどに蒼い花の花弁が全て一斉に散り、空中で静止、渦を描くように上昇すると、…遺体の随所に舞い降りる。触れた箇所から白光に輝き、変化する。

 両足はロングブーツを覆う脛当てが、両腕にはインナーを覆う長籠手が、胸と腹部の斬傷を包むように上半身に鎖帷子が、その上に緑の鱗を連ねたような胴当てが形成されていく。

 白光が収束し、沈黙がおりる。虫の声も鳥の囀りも、風梢の囁きも無い静寂のなかで、緑の騎士は、眠りから覚めたように目蓋を震わせ、目を開く。

「……っ…ぁ……、…」

 視界に風景が、薄暗くとも鮮明に映る。魂だった彼は手指を震わせ、大地に手を付き、上体を起こす。呆然とする。

 その眼前に、翅小人が飛翔してきた。小さな手を振って見せる。

「調子はどう?」

「ああ…」

 空く片手でおさえながら頭を振る。

「まあまあ、かな?」

「そっか…森の神様に感謝してね、その身体と鎧を整えてくださったのだから。」

「そうだったのか、―――神よ、感謝いたします。」

 騎士の彼は膝に花草を乗せたまま、胸の前で両手を組んだ。瞑目し祈れば、両手を優しい緑光が包む。

 見下ろすように両手を広げると、そこへ花草が浮遊し、瞬間、一本の槍に変化した。彼は捧げ持つように両手で受け取る。花と同じで蒼色の、とても軽い。

「…これは…」

「あのトリカブトだよ。アンタの力になりたいってさ。」

「そうか。…有り難う、一緒に行こうな。」

 優しく握り、両手の間は柄へと額を触れさせて、彼は目を閉じ微笑する。

「そうそう、忘れるところだった。」

「ん?」

「兜だよ。」

 いつの間に用意したのか、落葉の絨毯に鎮座する兜、その頭頂部分に翅小人が座っていた。悪戯っぽく片目を閉じる。

「騎士だってんなら完全武装でいかなきゃね。」

「ふふ、そうだな。…君も、色々と有り難う。」

「~~~べっつに! ほら、さっさと準備する!」

 耳まで赤くして横向く姿に目元を和ませると、槍を横へ置いて、両手を伸ばす。

 兜を被り、整えて、彼は顔を上げる。

「さあ、行こう。真実と向き合うために。」

 立ち上がると同時に槍を持ち上げ、その手にしかと握り締めて、騎士は決然と一歩を踏み出した。

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