第3話
翅を振るわす小人を追いながら、魂の彼は周囲を観察する。
深く広大な森林地帯ゆえに探索できず諦めていた場所だったのだ、それを図らずとも訪れることができて、今の心境は困惑よりも、好奇心の方が大きく勝っていた。
「(鳥も虫も沢山いて賑やかだなぁ。)」
「それはそうさ、森の樹木が旺盛だから大地が肥えて虫たちも活発になるし、それを餌に鳥たちもよく育つ。花や木の実も豊富だから動物たちも元気に活動するし、糞や死骸や秋の落ち葉で大地がまた肥えていって…そうして森は循環して生きているんだ。」
「(畑に堆肥を入れるようなものか、自然とはやはり凄いな。)」
「そうだろう、そうだろう!」
ふふん…我が事のように胸を張り、誇らしげに鼻頭を拭う翅小人を、魂の彼は微笑ましく眺める。どことなく親近感の湧く妖精だ。
森が薄れて林となり開けた先は少しの平原、路傍の草が減って砂礫が目立つようになると、裾野から見上げれば峻険な岩壁の聳え立つ山脈が続いていた。
「まだ陽射しは熱っぽいけど、風が気持ちいいや。」
これから寒くなるなぁ…翅小人は背を反らせて気持ちよさそうに伸びをした。その横を、彼はすり抜ける。
「(おお…! いつも眺めるばかりであったあの山脈が、いま目の前に…!)」
魂の彼はその球体を震わせた。その荘厳さ、雄大さは、間近で見上げた者にしか実感することはできない。清浄にして神聖なる天の山麓。
「(長年かけて整備された峠なら越えた事はあるが、それでも難所だったし、ここまでじっくり眺める機会も無かったからな。)」
辛うじて翅小人の後をついていってはいるものの、魂の彼は感嘆しながら周囲の景色を見回すばかり。そうしている間に道なき路を進んで、翅小人が静止した。気付いた彼も慌てて停止し、―――ふたたび感動する。
「(なんと見事な…!)」
「そうだろう! へへん。」
魂の彼は翅小人の傍らでその風景を一望した。岩壁の一部が平らかに開けてい、紫青の草花の群生が点在している。切り立った崖の先は元居た大森林が、彼の想像以上の広大さでもって大地を覆っていた。更に先には拠点があり村があり、遠く町街へと続いている。荘園で働く人々は豆粒が動いているかのように小さかった。
そして青く霞む山々で見えないが、あの遥かな先に王都があるのだろう。かつて自分が従騎士として働き、騎士の叙勲を受けた、あの美しい王国の都が。
「(ああ、……ああ……、…。)」
魂の彼は、いま肉体があったならば感動に打ち震えて拳を胸に当てただろう。そこではたと思い出した。
「(そうだ、あいつは今どうしているだろうか?)」
従騎士からの腐れ縁で、共に叙勲を受けた親友。赴任地も近かったはずだ。
「(あいつ、最後まで心配していたなぁ。よりにもよって、副隊長があいつかよ! なんて…、っ…?)」
瞬間、魂だけの存在である彼にあり得ぬはずの激痛が走る! 球体であった魂は激しく歪み、力なく地面へ、緩やかに落下していく。
「どうしたの?!」
「(わ、わからない…考え事をしていたら、急に、痛みが…)」
「ねぇ、ちょっと!…ぇ…、…。」
翅小人の声が遠のいていく。魂の彼は、その球体を赤黒く歪つに変化させながら意識を手放した。
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