第2話
国の領地を治める領主は公爵や侯爵などの貴族が務めるものだが、大森林や大河と面する国境付近や首都より更に遠方の僻地では、どうしても目の届かないことが多い。そしてそれに比例して治安も悪化していく。
護身の心得を持たぬ文官では務まらず、かといって護衛を雇うには採算が合わぬ…となれば、軍人たる騎士たちの出番である。集団の序列と統率がとれ、書類仕事も扱い、護身は無論、荒事方面の問題処理にも向いているからだ。
地域の治安状況や領地の規模に合わせ、また騎士たち個人の郷里との遠近も加味しながら各部隊を編制し、各地へ派遣される。彼もまた派遣された隊長の一人であった。
レーヴェン・フェアトラークは広間に備えられた執務机に向かい、書類の束を立てて揃えた。
「申請書類の不備は少しだから、丁寧に説明をして、もう一度その部分だけ書いてもらうように伝えてくれ。」
彼は伝令に書類を返すと、眉間の皺を揉み解す。机上には書類束がまだ多く積み重ねてあり、未決済のものばかり。これらの事務に加え、自身の騎士としての鍛錬もあるのだから、隊長職とは忙しいものだ。
伝令が退室しようと扉を開けたのと、人が飛び込んできたのは同時だった。
「申し上げます!」
「どうした?」
「先程、ムアルメ拠点のフェルスグリューン殿が謀反、あるいは策謀の疑いで隊長職を解任、留置されたとのことです!」
「なんだと!」
彼は我が耳を疑った。フェルスグリューンは彼の親友であり、職務においては忠実で真面目な、趣味といえば植物を育てることぐらいの穏和な男だ。
報告の騎士は、呼吸を整えながら報告を続ける。
「拠点付近の村から来た行商人の話では、副隊長であったブリュンダラー・グロスマウル殿が隊長代理として動いているもよう。ですが、唐突な関税の値上げを要求されたとして、商人たちが不満をこぼしていました。」
「ブリュンダラー・グロスマウル…グロスマウル男爵家の六男坊か。…。」
顎に手をそえて彼は訝しむ。以前から敵愾心を隠しきれていなかった、典型的な選民意識の強い男だった。
「様子を見ながら周辺の村から探ってみよう、すぐに近づけば相手に気づかれてしまうから、慎重にな。」
「承知しました。」
礼を取る騎士に頷いて、伝令と共にその背を見送り、彼は執務机に向き直る。
後回しにできるものを選り分け、急を要するものや必要な書類を片付けていく。その手指が緊張に強張っていることに気づいて吐息する。
嫌な予感に、彼の胸騒ぎは収まることはなかった。
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