緑の騎士の物語
@ruuki_35
第1話
物語は、両刃の剣を伝い流るる血滴で始まる。
騎士同士の諍い…というには、どこか様子が違った。場所は森なか、片や鎧を着込んだ騎士は無傷、片や兜ない軽鎧の騎士は不意打ちらしき斬傷を首に・腕に・脚に負い、そして正面から腹を、剣に貫かれている。
「な、ぜ…」
剣が引き抜かれ、血飛沫と共に地へ倒れた彼は小さく呻くが動けない。その背にも斬傷があった。
視線だけは相手へ向けるものの、双眸からは徐々に光が薄れてゆく。
「っは、は、ははっ、…これで我が手中よ! …貴族こそ……、…」
相手は高笑いをして、何かを踏み躙り去って行った。
彼の口から、最期の吐息が一つ。
+ + + + +
心地よいまどろみに浸っている。眩い白光のなかを揺り籠で揺らされるように。痛みが嘘のように消え去って。
…微睡む? 疑問を認識した瞬間、『彼』の周囲が晴れてゆく。緑深い森の景色が広がる。
「(ここ、は…それに、俺は…?)」
意識は霞みがかり、前後の記憶が思い出せない。彼は周囲を見まわした。
緑陰樹のよく繁る森だった。届く光が薄いからか、落葉の茶色い絨毯には下草が寂しく点在し、広葉樹は幹を高く伸ばして、はるか遠くに梢を揺らす。
その樹幹は蔓草や苔に覆われていた。仄暗い森は空気も湿り気を帯びているのだろうが、今の彼には何も感じられない。両手を見下ろそうとして視線を下げると、落葉の地面が広がっている。いつもなら下草を避けて踏む足が、無い。
「(……身体が、無い…?)」
「それはそうさ。アンタは死んで、現在(いま)は魂だけの存在だもの。」
「(なにっ?!)」
彼は驚き後退る…つもりが、視界が横へ移動するだけだった。そして声の主は予想以上に近くに居て、彼は勢い(気持ちは仰け反って)後退し距離を取った。
まじまじと見つめて、その姿にも驚いた。
彼と同じ目線にまで落下浮遊した姿は、翅の生えた小人だった。青紫の髪は短くも絹のように艶があり、空色の瞳は大きく円らだ。上衣は黄葉を・下穿きは紅葉を縫い合わせたかと思わせるほど精緻な刺繍で彩られている。そして背中に生える二対の翅は長細く、虹に煌めく水晶を薄切りしたように透明だった。
その小人が、器用に翅で滞空しながら小首を傾げる。
「なぁ、アンタは悔しくないのか?」
高く澄んだ声は、内容に反して柔らかだった。
「(なにを言っているんだ?……というか、そもそも俺はなぜ死んだんだ?)」
「え! …それ、は…、…」
瞠目した小人は、動揺して翅を震わせる。隠し事ができなそうだ。肉体は無いものの、彼は微笑ましさを堪えておく。
「本当に、覚えていないの…?」
「(ああ。確か、…何かを掘り上げようとしたことは覚えているんだが…)」
「そっか…。まあいいや。」
小人は首を振って肩を竦めた。それならそれでいいと安堵すらしているような微苦笑だった。
「このままここに居てもしょうがないから移動するよ。」
「(でもどこに?)」
「森の奥だよ。どうせ外に行ったって、人間には見えないんだから。」
「(そういうものか。)」
彼は、とりあえず頷くと、さっさと翅を動かして空中を泳ぐ小人の背中を追っていく。そっと感嘆する。
あまり上下せずに視界が前進する光景というのも不思議なものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます