第5話 スラッガー、異世界に行く

「……うぅ……ん……。――ここは」


 どのくらいの間、俺は気を失っていたのだろう。体はそれほどだるくないから長時間ではない気がするが……。


 眩い純白の光が俺の視界を奪い、この目が次に映したのは俺の周りを囲む青々とした深い森林だった。


 上を見上げれば澄んだ青空が広がっており、数羽の鳥が奇妙な鳴き声をあげながら元気そうに滑翔している。


「本当に来たんだな……異世界」


 俺は立ち上がり尻に付いた砂を払ってから、一度大きく深呼吸する。


 辺り一面に広がる森林が創り出した綺麗で新鮮な空気を肺一杯に取り込み、脳へと酸素を回す。今まで自然の空気が美味しいと感じた事は無かったが、初めてその言葉の意味が分かった。


「取り敢えず……どうしような。この森を抜けて人に会う事を目標にするか。ここに人がいそうな気配はないし」


 見た感じ周りを取り囲む森林は、異世界と言っても俺がいた世界とそれほど変わらないらしい。怖いのは熊とかそこら辺の肉食動物だが……まあまだ明るいし大丈夫か。


 俺は自分の勘を頼りに歩き出す。異世界という事もあり、最初は常に周りを警戒しながら歩いていたのだが、あまりに何もなさ過ぎていつの間にか普通に森林浴を楽しんでいた自分に気付く。


(異世界って言っても所詮はこんなもんか……。俺がいた世界とあんまり変わらないな)


 深い緑と新鮮な空気を楽しみながら歩を進めていると、何やら不自然に大きく開けた場所に出る。


「これは……穴? いや、穴というよりクレーターか」


 俺が見つけたその場所には今まで楽しませてくれた木々の姿は無く、あるのは命の息吹を感じない荒野だった。


 そしてその荒野の中心には、まるで隕石が降ってきた影響で生じたような、大きく威圧感を感じるクレーターが大地に刻み込まれていた。


「大体――五十メーターくらいか。何だよ、これ……」


 目測で大体の直径を測り、その荒野に足を踏み入れクレーターの中心を見下ろす。


 クレーターの中心は当然ながらかなり深い。人間の力でこの巨大な穴を作り出せるとは思えないし……となると、


「……戦争、とかなのかな」


 俺はぽつりと呟く。もし本当に戦争によってできたクレーターなら、この威力を持つ兵器は恐ろしいものだ。やはりどの世界にも争いはあるという事か。


(俺が入団するチームの地域は物騒でない事を祈ろう)


 生前に友達に借りて読んでいた漫画とかでは魔法や剣で闘っていたが、俺が装備しているのは剣ではなく金属バット。剣なんて触った事も無い。


 俺がこの世界に来た目的は戦闘ではなく野球をする為。だから間違っても戦争に巻き込まれたり、ましてや怪物との戦闘なんて……、


「――嘘だろ……。何か変なのいるんですけど……」


 大きなクレーターの影響で荒野となった場所を通り過ぎ、再び森の中に足を踏み入れたその時、見た事のない緑の物体がのそのそと重たそうに両足で歩行している事に気付く。


(あれって絶対にヤバイ奴だろ……っ!)


 神様に何かしらの魔法とかでも教えて貰えばよかった……。何で異世界へ飛ばす人間の装備がジャージと金属バットなんだ……。

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