第4話 いざ行かん、新たな世界!
「……え?」
先ほど俺は神から死んだと言われた。死というのは生物として全ての終わりを意味している筈であり、俺が今から出来る事は安らかに成仏する事くらいの筈。
なのに……この神は一体何を言ってるんだ?
「ははっ、混乱してるね。でも言葉通りの意味だよ。君がもう一度打席に立ちたいというなら、僕はそれを叶えてあげる事が出来る」
「な、何言ってんだ? もう一度打席にって……。だって俺はもう――」
「うん。死んでるね。それは間違いない。君はもう元いた世界には帰れない。……でも違う世界になら君を送り出す事が出来る」
虚空と化していた俺の心に、とても小さい明かりが灯る。
あの緊張感と高揚感。集中した時の必要な情報以外は全てシャットアウトしたように感じるあの感覚。
俺が幾度となく味わってきたあの大好きな感覚を……また、味わえるのか?
だが、その小さな希望の明かりと共に俺の中には疑問も生まれた。
「……そ、その話が本当だとして。何で神様は俺にそこまでしてくれるんだ?」
当然の疑問だった。俺は生前神に対して信仰心が厚い訳でもなければ、もう一度人生を与えられる程の善行をした記憶も無い。
誇れるのはどんなに厳しい練習でも耐え続け努力した事だが……そんな事は俺以外の人間もやれば出来る事だ。現にそのような人間なんて腐るほどいる。
俺の問いに神はすぐに答えることなく、先ほどと同じように人差し指を上に向け画像を表示させ俺の目の前へと飛ばす。これは……、
「この画像にある世界。これは君が今まで生きていた世界とは全く違う時間軸と空間軸にある世界――君にとっては所謂異世界って呼ばれる所さ。この世界では今でも人間が君がいた世界と同じように暮らしている」
画像は数秒毎に切り替わり、神が言う異世界の景色が表示される。
俺がいた日本とは違い、若干ヨーロッパや中世を彷彿とさせる建造物や服装。当たり前のようにあったスマホやネット環境が、この世界にあるようには見えなかった。
……だが紛れもなく画像に写っているのは俺と一緒の人間だ。
「君がもう一度打席に立ちたいと望むなら、君をこの異世界に送り込む事ができる。――当然、拒否してもらってもいいよ。君が拒否するのであればこのまま安らかに眠ってもらう事になっちゃうけどね」
神は画像を消すと微笑を浮かべ俺の目を見る。
(……俺はこのまま、死んでもいいのか)
俺は瞼を閉じ自分自身に問いかける。
返ってきた答えは――否、だ。俺はまだ死ねない。死んでいい筈がない。生き返るチャンス、もう一度打席に立つチャンスを与えられるのであればそのチャンスを掴まなくてどうする。
「……さっきの質問の答えだけどさ」
思考する俺に神の声が届き、思考の渦から帰還する。
「僕が君をこの世界に送り込もうとしている理由――それはこの世界に君のバッティングが必要だからなんだ」
「俺の、バッティング……? どういう事だよ」
神は口元に手を当てクスっと笑い、
「それは行ったら分かるよ。取り敢えず、あの世界には君の洗練されたバッティングが必要なんだ。どんな球でも弾き返す、君のバッティングが」
(どういう事だ? あの世界にもプロ野球があるのか……?)
けどバッティングが必要ってそれ以外に思いつかないし……。俺のバッティングって野球以外使わないしな。あの世界に勝てない野球チームがあるという事か。
(俺を求めてくれるチームがあるのなら――野球人としてこれほど誇らしい事はない)
不安はある。だがそれ以上にまた打席に立てるという喜びが不安に支配されそうな心を奮い立てる。
「……なら、最後に聞かせてくれ。神様――俺は天才か?」
上辺だけで俺の事をよく知らない奴らがこの問いを聞けば、満場一致で同じ答えが返ってくる。だけど神様なら、
「そうだね。君は確実に天才さ」
……やっぱりか。まあ分かってたしな。
「――でも、君が天才的なのはどんなに厳しく辛い事でもコツコツと地道に積み重ねていける『努力』という部分だけどね」
「っ!」
諦めていた答えが神から聞けた事に一瞬涙腺が緩みかけるが、何とか堪え無理矢理口角を上げる。
そして一つ息を吐き出し、
「……よし。行くよ。その世界に俺が必要なら――大好きな野球がまた出来るなら俺はその世界に行ってやる」
決意を感じさせる力強い一言に神は優しい笑みを浮かべ、
「そうかい、なら良かった。では今すぐに君を異世界へ送ってあげよう。――行ってらっしゃいっ!」
「え、今すぐ? ……っておいッ⁉」
神が両手を天へと掲げると俺の足元に大きな円状の紋様が広がり、紋様から発される神秘的な純白の光が目の前にいる神の姿を視認しずらくしていく。
「いいかい。一度死んだ君が異世界に行く最大の目的は『君のバッティングを必要としている人達がいる』からだという事を忘れないでね」
「ちょ、ちょっと待て! いきなり過ぎるだろ! まだ気持ちの準備が」
「大丈夫っ! 君が異世界に持って行かなきゃいけないのはバッティング技術と――その金属バットだけだからさ。後、言語とかも一緒だから安心してね」
その時、背中に違和感が走る。手を背中に回すとひんやりと冷たく固い表面、使い込んだグリップ。俺が愛用していた金色に輝く金属バットが、いつの間にか胴体に装着されていたホルダーに収納され、背中にくっついていた。
「ちょ――何だよこれ⁉」
「何って……君が今まで扱ってきた武器じゃないか。――君はバッティング技術だけじゃなくて動体視力や運動神経も素晴らしい。その力も困っている人の為に使ってあげてほしい」
眩い純白の光は更に勢いを増し、やがて俺を飲み込み視界は完全に白く染まる。
「さあッ! これから始まるのは柳生大哉の第二の人生! 君のバッティングであの世界を救うのだ! ……次に会う時は、悔いなく死んだ時だね。その時が来るまで僕はここから見守っておくよ」
姿は見えないが、神の声だけ俺の耳に届く。もう自分が立っているのかさえ分からなくなっていた。
俺は純白の光の中で必死に手を伸ばし、叫ぶ。
「――俺は絶対にプロ野球選手になる! そしてこのバットで頂点取ってやるからなぁぁぁぁぁっっ!」
今までいた世界に別れを告げ、俺は新しい世界へと旅立つ。
この光が晴れたらどのような世界が広がっているのだろう。そしてどのような球が俺に勝負を挑んでくるのだろう。
(やっぱ異世界だから見た事ないような変化球とかあるのかな……あったらいいな)
このチャンスをくれた神に感謝しながら、俺は第二の野球人生に備える為、光に抵抗する事なく静かに目を瞑るのであった。
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