第3話 神様……だと……っ!?
「やあ! 元気かい?」
黒髪の元気そうな男の子が、笑顔で俺に向かって手を上げた。
小学生くらいのその男の子は完全に宙に浮かんでいる状態で胡坐を組んでおり、陰陽師を連想させるような白い狩衣を身に纏っていた。
「お、おう。……えっと、君は一体……というか浮かんで――」
「僕かい? 僕は神さ!」
にこにこ笑顔の小学生。まあ小学生なら「僕は神だっ!」くらい言うか。
「そ、そうか。あのさ、聞きたいんだけど……」
適当にあしらったのが気に入らなかったのか、その自称神の小学生はぷくっと頬を膨らませ、
「あ~っ! その感じ、僕を神だと信じてないね! ――よーし、ならこうしてやる!」
自称神は指をパチンと鳴らす。その瞬間、全身の筋肉が固まったように俺の身動きが取れなくなる。
手足などの体の動きだけじゃなく、呼吸まで出来なくなっていた。
(や、やばい……っ! 息が……っ)
――あれ? おかしい。
俺は今呼吸をしていない。人間という生き物は酸素を吸って二酸化炭素を吐き出す生き物だと習った。ならば何故今俺は――苦しくないんだ……?
「あははっ! 苦しいでしょ⁉ ねえ⁉ 苦しいでしょ⁉ ねえ⁉ ……まあ残念な事に苦しくないだろうけどさ。君の場合」
嬉しそうに手を叩きながら俺を見る神。この神……見た目によらず中々にサドだ。
文句を言ってやりたいが如何せん俺の筋肉は脳からの指令を拒み続け、唯一俺が出来る事は口を小さく動かす事だけだった。
「分かった? 僕が神だという事が」
俺は目で十分理解した事を伝える。
「ふむ。――なら解いてあげよう」
神は再度パチンと指を鳴らす。その瞬間、金縛りが解けたかのように自分の体が解放され、滞っていた脳からの指令も円滑に回り始める。
「……ッ! ――な、治った……」
「全く! 人間が神に疑いの目を向けるなんてもってのほかだよ。僕はこんなにも神々しさに溢れているというのに」
……突っ込むな。突っ込んだらまた体の自由を奪われる。
「……すいませんでした。――で、神様が俺に何の用なんだよ。そろそろ現実世界に戻してもらいたいんだけど」
神様に会うなんて貴重な体験だけど俺にはやる事が沢山ある。
今日の試合を振り返って悪かったプレーなどを全て洗い出し、何が原因だったのか検証しなければならないのだ。幾ら優勝したとはいえ、試合の後に必ず行っているルーティーンを崩したくない。
神は俺の言葉にきょとんとした表情を浮かべ、
「……ああ! そうか。君は何も知らないのか」
ぽんっと手を打ち頭の上にビックリマークを浮かべる。
そして神は人差し指を真上に向ける。すると人差し指の指先に一枚の画像が現れ、その画像をこちらに飛ばすように指を振った神。
「……言いづらいけど、君はもう元いた世界には戻る事ができない。何故なら――」
神の指先から飛ばされ俺の目の前に現れた一枚の画像。その画像には俺が乗っていたバスと酷似したバスが、黒煙を上げ道路の中央に横たわっていた。
画像の端には緊急事態を知らせる赤いランプを乗せた車。凹んだ数台の乗用車。口を覆いながらバスを眺める野次馬。
そして、俺がいつも肩に担ぐエナメルバックが横転したバスの近くで無残にも散らかっていた。
「――君は、死んだのだから」
神から無機質に告げられたその一言。
その無機質さ故に他人事のように感じられるが、目の前にある画像を添付された状態で突きつけられると、段々と言葉の意味が体中に染みわたっていく。
「……し、死んだ? ま、まさかそんな訳――」
「いや、君は死んだ。その画像を見ればわかるだろう。君はバスが起こした交通事故で命を落としたんだ。……もう、あの世界に君が降り立つ事はない」
口の中が徐々に乾燥していくのを感じながら俺はもう一度画像を見る。
しかし何度見ても、目を擦っても、頬をつねっても画像は消えず神が言った言葉だけが俺の脳と心と鼓膜に残る。
「安心したまえ――と言うのが正解かは分からないけど、その事故で命を落としたのは君一人だけだ」
神が人差し指を横にスワイプすると、その画像は目の前から消えてなくなる。
だが俺の目には、あの画像が焼き付いて離れてくれない。
「――う、嘘だろ⁉ 俺が死んだ⁉ そんな訳ないだろッ! 俺はこれからなんだ! これから日本のプロ野球界に殴りこんで暴れる所だったんだッ! し、死んだなんてそんな事あり得る訳ないだろッ!」
爪が手のひらに食い込む程強く拳を握り俺は叫ぶ。
これからなんだ。俺はこれからの人生を華やかなものにする為、必死に努力し続けたんだ。
その努力が泡となって消えていい筈がない。
「今すぐ受け止めろとは言わない。……でも、君が幾ら泣こうと喚こうとあの世界には二度と帰れない」
神は俺に近づき、肩に小さな手を優しく置きそう告げた。
すると俺の強張っていた体は徐々に和らいでいく。冷静になれば、今俺が体験している事は夢でなければ普通あり得ないのだ。
ここが夢でないのはもう分かった。ならばここは何処なのか。
――ここが、今の俺にとっての現実世界だ。
「落ち着いたかい?」
「……ああ。ごめん、取り乱して」
「いいよ。突然自分が死んだと告げられて気が動転しない人間はいないだろうしね」
突きつけられた現実を何とか自分の中で徐々に処理しながら、俺はこれからどうなるのかを考えていた。
俺はこれからどうなるのだろう。……もしかして地獄に行くのだろうか。だが地獄に行く程の悪行をした覚えはないし……。
「――さて、君が死んだ事を踏まえて一つ伝えたい事があるんだ」
「伝えたい事? なんだよそれ。……もしかして俺、地獄行きとか」
不安が混じる声色で訊ねると、神は首を横に振る。
「違うよ。君みたいな善良な人間が地獄に行く訳がないじゃないか。そうじゃなくて、君に伝えたい事……というか聞きたい事なんだけど」
神の真剣な表情に若干身構えてしまう。先が予測できない現状に恐怖してしまっているのか。
「――もう一度、打席に立ってみる気はあるかい?」
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