【外伝21話】森の娘と白い犬
「はあっ…。あの人に会いたいなぁ…」
樹々の隙間から陽の光が差し込む昼の森。薪を拾い集めながら、深いため息をつく少女リンダ。
あの日、街で青年領主を見かけてから早くも2か月が過ぎている。
その後も街への買い出しに出るたびに想い人の姿を探したが、ただの田舎娘の自分が領主様に会えるわけがない。
「素敵だったなぁ…」
彼が自分を見て、笑顔で手を振ってくれたことを思い出す。でも、あんなことは2度とないだろう。
このまま、自分は森の小さな集落で一生を終えるのかと思うと気が滅入ってくる。
そして、あの人はどこかの美しい貴族令嬢と結婚するのだろう。
そんなの、いやだな…。
「クゥーン……」
心配そうに彼女を見上げる白い大きな犬。
「ふふっ。シロも心配してくれてるの?ありがとう」
彼女の住む森の集落は、いわゆる限界集落。昔は豊かな山の幸に恵まれた子爵領であったが、60年前の魔物の大発生以降、急激に人口減少してしまった。長い年月の間に大半の住民は隣接するランド伯爵領に移住している。
近年までは彼女と祖母以外にも5家族残っていたものの、一年前に行商を営んでいた家族の主人が足を悪くし森を出ていった。
それを機に、ますます生活が不便に。残り4件も順次、森を出ていってしまったのだ。
長い病を患うリンダの祖母だけは「最期まで生まれ育った村落で暮らしたい」と孫と共に森での暮らしを継続している。
「はあっ…。花の10代なのに動物と魔物に囲まれてる青春だよ…」
まだ10歳ながら将来を悲観する多感な少女。彼女に大人しく撫でられていた大型犬がパッと立ち上がる。
遠くを見て、鼻をひくつかせている。
「……なにか、来てるのね?」
ここは自分たちの家が近い。攻撃的な魔物か、侵入者か。いずれにせよ放ってはおけない。
「よし、シロ、見に行こう!」
理解した様子のシロがリンダの両脚の間に入り込む。慣れているようで、彼女はそのままシロの首に腕を回し乗る格好になる。
途端に走り出す白い犬。樹々があっという間に後ろに流れていく。
「シロ…。何かしら?…嫌な気配ではないけど…」
今のところ、森の動物や魔物たちの様子に変わりはない。敵対的な存在が来れば、彼らは隠れるか逃げるか、あるいは襲いかかるかするはずだ。
シロが振り向き、チラッとリンダを見る。
「…うん。敵ではないかな…。迷い人…?」
どうやら彼女と白い犬は意思疎通ができているようだ。シロが報せるように上を見上げた。
低い木の向こうの空、一筋の煙が上がっている。
「火事…ではないね。…よし、静かに行こう」
シロが足音を小さくする。リンダも祖母仕込みの気配遮断の魔法を使い、姿を消す。森に溶け込む一頭と1人。
煙の方向に近づいていく。
……。
……あの焚き火だ。
気配を消したまま、周囲を伺う。
……。
誰もいない。
突然、シロがリンダを乗せたまま急転回する。
「えっ?後ろ?」
いつの間にか背後に人影。顔に布をグルグル巻きつけた怪しい人物がゆらりと立っていたのだ。
「ぎゃああああっ!」
腰を抜かし悲鳴を上げるリンダ。
「おおっと!びっくりしたぁ!いや、びっくりさせてごめん!」
人物はリンダの声に驚いたようだが、すぐに謝ってきた。若い男の声だ。
「あ…あ……誰……!」
シロにしがみつき、腰を抜かしたままの少女。
「あっ、すまない!どうも僕の髪色のせいか、虫が寄ってくるんだよね。それで布を被ってたんだけど…。怪しくてごめん」
話しながら、頭から巻かれた布をするすると外していく背の高い人物。
「えっ…?えええっ……!」
驚きのあまり、目を丸くするリンダ。
そこに現れたのは、夢にまでみたあの青年。新領主・フィリップ・ランド伯爵だったのだ。
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