【外伝22話】森の領主
予想だにしなかった出会いに固まってしまった少女リディア。
「あ…あのっ……わたっ!」
口ごもっていると青年が騎士の礼をとる。
「初めまして。私はフィリップ・ランドと申します。以前、領都でお見かけしたお嬢さまだね」
礼儀正しく、爽やかな笑顔で挨拶する青年。
「はっ!はひっ!」
まさか覚えていてくれたなんて。嬉しさのあまり言葉を噛むリンダ。
少女の初々しい様子に微笑みながら、彼女のまたがるシロにも礼をとり挨拶するフィリップ。
「森に入れてくれてありがとうございます」
「あっ、犬お好きなんですか?」
彼が愛犬に丁寧に接してくれたことで、とっさに聞いてしまう。
「えっ?」
意外そうな顔をして彼女の顔をまじまじと見つめるフィリップ。
「ど?どうしました?」
「犬にしては大きいし、それに…。いや、でも、犬なのかな?」
「は、はい!シロといいます!私はリンダ。私たち、物心ついた頃から一緒なんです」
「わふっ!」
元気よく返事するシロ。
「ふふ、なるほど。リンダさんとシロは仲良しなんだね」
元気な二人に和むフィリップ。
彼の優しい様子に安心したリンダは気になっていたことを質問した。
「あの、フィリップ様はなぜ、こんな森に一人で?」
「この森林地帯の領主である子爵様に、隣の新領主としてご挨拶に伺ったのです。最初は護衛の騎士も一緒に森に入ったのだけど、ほら、人数多いと魔物に見つかっちゃうでしょう?」
肩をすくめる若い伯爵。
「は、はい。…人数というか、気配を上手く消せない人間は魔物にやられちゃいます」
「そうなんだよね。僕の護衛の騎士ってのが身体がデカくて熊みたいな男だから。気配ダダ漏れで、いちいち魔物に見つかるものだから先に帰したというわけなんだ」
「あはは。熊って」
(たぶん、街にいたときの、あの大きな騎士だよね。あの人も来てたんだ)
二ヶ月前のことだが鮮明に覚えている。たしかに、あの騎士の体格で気配を消すのは難しそうだ。
「そう、ところで、リンダさんはこの森の子かな?子爵様の居場所、ご存じないかい?」
ずっと森に住んでいるが『子爵様』なんて聞いたことがない。
「えっと、ごめんなさい。子爵様は知らないです。私たちの村落には、もう、私とおばあちゃんしか…」
リンダの答えに首を傾げるフィリップ。
「そうなんですか…。ちなみに、おばあ様のお名前をうかがっても?」
「はい。おばあちゃんはウネといいます。もういい年で、あんまり外には出られないけど…」
その答えに納得した様子の青年。
「なるほど。では、お邪魔でなければおばあ様にご挨拶させていただこう。僕たちの伯爵領と、この森は隣だからね。よき隣人になりたいんだ」
「は、はい!おばあちゃんも喜ぶと思います」
それから、二人と一頭は並んで家までの道を歩いた。
道すがらフィリップとの話を楽しむリンダ。祖母以外の人間と会話するのは久しぶり。ましてや、これほどの美男子と話すのは生まれての初めての経験で浮き立つ心はどうしようもない。
「あの…、フィリップ様はおいくつなのですか?」
「15歳になったばかりだよ。リンダさんは?」
「私はもうすぐ11歳になるところです。でも、フィリップ様、もっと年上に見えますね。背が高いですし」
「うん、上背は生まれつきだけど、僕自身も年上に見てもらえるように工夫してるんだよね。ほら、あんまり子供っぽい領主だと甘く見られちゃうでしょう?」
にこり笑って答える。つられてニコニコするリンダ。
「そうなんですね。でも、年上に見られる工夫って、どういうことするんですか?」
「うん。言葉遣いと姿勢、仕草が大事だけど身につけるのに時間がかかる。一番簡単なのは服装や装飾品にお金をかけることかな」
「お金かあ。私はないからなあ…」
少し寂しそうにするリンダ。
「ああ、僕も執事に『無駄遣いしすぎです』って注意されてるから、あんまり使っちゃいけないんだけどね。それでも今は誰にも舐められるわけにはいけないから…」
静かな決意をみなぎらせるフィリップ。その横顔が凛々しい。
(はあっ…。やっぱりかっこいいなぁ…)
内心、うっとりするリンダ。
青年が先を指差す。
「あ!リンダさん、家が見えてきたよ」
「あ!もう着いちゃった」
「え?」
残念がる少女と、きょとんとする青年。
「あっ、なんでもないです。…ちょっと、先に行っておばあちゃんに声かけてきますね」
シロと一緒に先に見える古い家まで走っていき、ひと足先に中に入る少女。
遅れて到着したフィリップが玄関先で待っていると扉が開く。
リンダと一緒に現れたのは白髪で背の丸まった老婆。
「まぁ…。あなたは。こんな遠くまで、わざわざ。よく、いらっしゃったねぇ。ウネです」
フィリップが貴族への礼をとる。
「はじめまして。僕はフィリップ・ランド伯爵と申します。ウネ・ミラルド子爵様…でいらっしゃいますね」
静かにうなずく祖母。
その祖母を驚き見つめるリンダなのだった。
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