【外伝16話】3年前〜買い物依存の奥様

 3年前のランド伯爵領主館。応接間でのこと。


「リンダ奥様!こちらが王国工房の最新ドレスです。限定品で貴夫人たちからの注文が殺到している一品なのですよぉ」


 王国工房の中年商売人が手揉みしながら、商品のドレスを薦めている。


「そうなの?宝石の量がすごいわね…。お高いんじゃないかしら?」


 煌めく宝石に目を奪われる伯爵夫人リンダ。


「ええ!ダイヤやプラチナ、エメラルドにルビーも散りばめてあります。これだけの輝きがありましたら、他領の奥様や令嬢に引けを取ることはございませんよぉ。


…ただ、材料が貴重なため残り2点しか作れないのが難点ですが」


 リンダにモノを売るのは難しくないことを、この商人ゲダンは熟知している。


 他の貴族を引き合いに出して、この品物が品薄であることを大げさに伝えるだけでいい。


「ええっ?………残り2着ですか」


「迷われるようでしたら、すでに希望されているお客様がおられますので、そちらにお売りしてしまいますが……」


「……うん、買います。アナタ、いいですか?」


 商売人の売り言葉に決断した伯爵夫人。


「ん…?あー、君が欲しいならいいよー」


 興味なさげに、手元の本を読みながら適当に答える夫、フィリップ・ランド伯爵。


「さすが、伯爵ご夫妻!お目が高い!」


 喜ぶ商売人。そこでストップを入れるのは夫妻の長女クレア。


「お、お待ちください!お母様、お父様!これ一着で領内の一ヶ月分の予算に相当します!さすがに高すぎます!」


 14歳にして領内の経理を担当しているクレア。彼女としては見過ごせる金額ではない。


「え、クレア、そんなになるの?…でも」


「クレアお嬢様。お嬢様は貴族の付き合いというものを理解なさっておられないようですね。服装によって格が判断され、みすぼらしい格好であれば不利益を被るのです。先行投資…ということなのです」


 小娘が何をと言わんとばかり諭す王国工房の商人。


「そういう要素があるのはわかっています!しかし、高すぎると申し上げているのです!」


「お話になりませんな。これでリンダ奥様が恥をかいたら、その損失は計り知れないと言いますのに」


「こんな高いもの着なくても恥にはなりません!」


 二人の口論に面倒くさそうに口を開く父親。


「クレア、少し静かになさい。これは大人の、リンダの社交に必要なものだ。単純な金額では計れないものなんだ」


「そうよ、クレア。これは必要なものなの」


 夫の助け舟を得て、勢いに乗る妻。


「でもっ!お母様、一回しか着ていないものばかりで本当にもったいない…」


「クレアっ!余計な口出しはしないの!それなら出て行きなさいっ!」


 痛いところをつかれて、ついカッとなるリンダ。妻が怒れば、それに味方する習慣の夫。


「そうだな、クレアが金を出すわけじゃないだろうに。気になるなら出ていった方がいい。これ以上の発言は許可しない。いいね?」


 面倒ごとは御免だとばかりに娘に退出を促す伯爵。


「わ…、わかりました…。失礼します…」


 目に涙をためて退出するクレア。


 あれから三年。


「あらあら〜?宝石ばかりジャラジャラでセンス悪いわね〜。なんでこんなのお買い上げになりましたの〜?売値もぼったくりでしかありませんわよ?」


 率直な感想を述べる流行デザイナー、ラメンダ夫人。


 ばつが悪そうなリンダ。


「……どうかしてたわ。こんな悪趣味なもの、売り手の口車に乗っちゃって。…クレアは止めてくれてたのにね…。本当に悪かったわ…」


 恥入り、頭を下げて娘に謝る母。当時、買い漁っていた高額な服は今はどれも着る気が起きないものばかり。


「いいえ…。私も出過ぎた真似をしてしまったと反省していて…」


 母の謝罪に恐縮するクレア。


「クレアちゃんはまともだったのね〜。ほんと、一目みれば悪趣味がわかるレベルよ〜。王国工房はヤバいね〜。ご夫妻は本当に、心から反省した方がいいわよ〜」


 一切、容赦せずダメ出しするラメンダ夫人。


「も、もう、利用してませんからっ。反省してますっ」


「夫人のいうことは本当だ。吾輩が馬鹿すぎた。クレアには悪いことをしたね。税金を払ってくれる領民にも…」


 夫妻で長女に平謝り。あのとき、娘の言うことを聞いていればと思っても時は戻せない。


 特に、ランド伯爵にとっては転生を自覚する前のこと。自分のことながら他人がとんでもない愚かな行為をしてくれた感覚もあり、しかし、自分自身の責任でもあり、やるせない。


 三年前には権威の象徴だった王国工房は主たる得意先だった貴族派が革命により没落したことで斜陽を迎えている。王都三大デザイナーから転落するのも時間の問題と見られる。


「で、どうします〜?こちらのお洋服、全部、ウチで引き取らせてもらっても?といっても、このままじゃダサすぎて買い取る気になれないですから、布地と宝石だけ買い取りって形にさせてもらいますけど」


 センスの悪い服の数々に顔をしかめながらも、頭の中で素早く計算する夫人。彼女はデザイナーでもあるが経営者でもある。


「あー、それでいい。素材を活用してもらえたらありがたい。…宝石のいくつかはクレアの装飾品に変えてくれたら助かる」


「お、お父様!そんな贅沢、私には…。それなら、領の予算に…」


「うん、予算はしっかり節約していくよ。それとは別に、しっかり者の君がいざというときに独断で使えるものを用意させてもらいたいんだ。


これは、日本で言う『保険』とか『貯蓄』に相当するものでね。君が自由に行動していくとき、いつか役に立つかもしれないんだよ」


 父の配慮に驚く長女。


「そういうことでしたら…。ありがたいです、お受けします!」


「私の余剰の装飾品も今のうちにクレアとリディアに譲っておくわね。もう、これ以上持っていても仕方ないし」


 母も宝石の譲渡を申し出る。せめてもの罪滅ぼしの気持ちもある。


「お母様も、ありがとうございます!」


「わーい!リディアも宝石もらえるの?うれしい!」


「では、ラメンダ夫人。娘たち向けの装飾品加工の手配も頼むよ。いつも悪いが」


「いえいえ〜。こちらこそご贔屓にしていただいて〜。衝動的に作っちゃった聖女服もお買い上げいただいて、ありがたいです〜」


 夫人が聖女マーサのために勝手に作ったスケスケ貝殻の聖女服。あまりにも(ヴィジュアル的に)危険なため、聖女の手に渡る前に伯爵が買い取った格好だ。


「いや、あれを聖女様にお渡しするわけにはいかないからねえ…。マーサ様はともかく、教会関係者から袋叩きにされそうだ…」


「残念〜。せっかくだから使って欲しかったのに〜」


「あー、一応、使う予定はある。リンダに着てもらうつもりだから、そこは大丈夫…」


「あら?それなら嬉しいわ〜。リンダ奥様なら絶対似合うわよ〜」


 パッと明るくなるラメンダ夫人。


「えっ?アナタ、それは聞いてない…!?」


 寝耳に水の妻に、夫が小声で耳打ちする。


「大丈夫、大丈夫…。普段着ろってことじゃないから。日本にはコスチュームプレイというものがあってだね。…まあ、後で説明するよ」


 頬を染めて、うなずくリンダ。


「あっ!お父さま、内緒話ズルい!」


 目ざとい次女が話に入ろうとする。


「んー、リディアが好きな男の子を吾輩に教えてくれたら、教えてあげよう」


「えー!意地悪するお父さま嫌いー !」


むくれる次女の可愛らしさに、一同、ほっこり笑顔になる。


 応接室のドアが叩かれる。ドアの向こうから緊迫した執事の声が聞こえる。


『旦那様、緊急です!』


「ん?入れ」


「失礼します!旦那様、ラメンダ夫人!夫人邸に襲撃者です!門番二人と秘書が負傷しています!」

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