【外伝15話】異世界流、心のケア

「大丈夫だよ。そのまま、楽にして、息を吐いてごらん…」


 法服を纏った美しい女性が10歳ほどの少女の頭頂部に手のひらをのせる。ゆるやかな光が少女を包みはじめる。


「聖女様…。息が…、うまく吐けません…」


 少女が苦しげに告白する。


「辛い記憶が引っかかってる感じだね。…少し、抱っこさせて」


「は…、はい」


 聖女が少女を抱きしめると、二人は白金の光に包まれ穏やかな風が流れ始める。


 待つこと数分。


 やがて光は消え、聖女に抱きしめられた少女が顔を上げる。


 はらはらと涙を流す少女。


「あっ…。あの……。わたしっ……」


「大丈夫…。わかってるよ。もう、大丈夫」


 少女に優しい眼差しを向ける聖女。


「もう怖くないからね。しばらく、私たちと一緒に暮らそう」


「は…、はい。…ありがとうございます…」


 聖女によるメンタル治療を終え、女性聖騎士に手を引かれた少女が退出していく。


 領内最大の教会。


 治療を見守っていた領主フィリップ・ランド伯爵。領主の要請により、王都からやってきたのは聖女マーサ。


「ランド伯爵。さっきの娘たち、王都の教会で預かっていい?今できる限りの治療はしたけど当分は男性不信も残るから。まずはシスターとして修行を積んでもらった方が良いと思う」


「マーサ様、そうしていただけるとありがたいです。虐待親を罰するところまではできましたが、吾輩の領では子どもたちの心のケアまでは専門外で…」


「いいのよ。むしろ、よく虐待の大規模摘発に踏み切ってくれたわ。この世界ではうやむやにされがちだから…」


「いえ、虐待がうやむやにされるのは、この世界に限らず日本でも同じでした。それに、神聖魔法がない分、心の治療には時間がかかっていたと記憶しています」


「そっか…。ランド伯爵は前世の記憶があるものね。あのエリカと同じ日本…」


 偽神が異世界召喚によって日本から呼び寄せた偽聖女エリカ。暴虐の限りを尽くした彼女のおかげで、この世界では異世界・日本の評判はそこそこ悪い。


「どうも吾輩たちの世界と日本は近しいようです。異世界召喚先としてつながりやすいようですし」


「うん、私も魔力全部使うくらいすれば、日本であればつなげることはできるかもしれない。


本当はエリカが心底、反省するようなら日本に帰してあげたかったのだけど…。あの子、罪が重すぎたし、モラルも低すぎたんだよね」


 ため息をつく聖女。頷きながら伯爵が答える。


「ただ、日本そのものはこの世界より安全でモラルの高い人間が多いのですが…。おそらく、召喚者の精神性に応じて程度の低い者が呼ばれてしまうものかと」


 伯爵が自らの記憶を元に分析する。


「伯爵は日本の記憶がハッキリしてるのね。貴重だわ」


「いやあ、そうでもないです。ステーキを食べてたら、突然、前世日本人だったことを思い出しただけで。よく考えたら元の記憶はほとんどないですね」


「ふふふ、私もステーキ食べてみようかしら?自分の前世に興味あるわ」


「ははは。しかし、吾輩、前世は庶民の節約家だったようです。思い出してからというもの、逆にステーキ食べなくなりました。結構、当たり前のように浪費家だったんですが、このままじゃダメだと」


 自分が浪費をやめてからというもの、妻と次女も追随してくれた。今思えばだが、妻の場合、心寂しさを浪費で埋めていたフシがあった。


「そういえば宰相もランド伯爵領の躍進を褒めてたわ。支出が大きく減って税収も上がってるし、それに流行ファッションの発信地だとか」


 聖女がこの話題について聞きたかったとばかり、おしゃべりを続ける。


「ああ、たしかに吾輩どもはデザイナーのラメンダ夫人のスポンサーになっているんです。しかし、マーサ様は祭服くらいしかお召しにならないのでは?」


「みんなそう言うんだけどね。お忍びで街に出るときは普通にお洒落もするよ。ラメンダ夫人に一式お願いしようかしら」


 思わぬ聖女のリクエストに戸惑う伯爵。


(うーん、聖女様にあの穴あき下着すすめさせるわけにはいかないぞ…)


 先日の夜、妻が恥ずかしげに着けていた際どい下着を思い出す。あの夜の妻は実に可愛らしかった。最初は日本流の抱き方に戸惑っていたものの、持ち前の情愛の深さで存分に感じてくれていた。


 いやぁ、リンダ…。最高だなぁ…。


 おや?


 ふと気づくと聖女様にジーッと睨まれている。


「えっ?どうしました?」


「伯爵。聖職者の前で変なこと考えてちゃダメですよ」


 まずい。さすがは大聖女、読心術でもあるのか?王国のカリスマでもある彼女相手に欲情していたと勘違いされたらヒンシュクものだ。


「ち!違います!妻のことを考えていて!」


 一瞬、きょとんとして笑い出すマーサ。


「あはははっ!仲がよろしいのね。うん、妻への欲情はOKですよ」


 ひとまず誤解は解けたようだ。さっさと話題を切り替えよう。


「では、ラメンダ夫人には外出着一式のご注文を伝えておきますね。『聖女様に相応しいものを』と念入りに注意しておきます」


「あっ、私、普段着は聖女っぽくなくていいのよー」


「いや、ダメ!あの夫人は変な服しか作らないので!」


「あはは!まさかぁ」


 冗談としか受け取らない聖女。


(本当なんだけどなぁ…)


 心の中でボヤく伯爵。


 同時刻のラメンダ夫人邸。


「ぶえっくしゅ!」


 大きなくしゃみをする夫人。


「ふうっ、どこかの殿方が私を噂してるのね~。モテる女はツラいわ~」


 昨日、領内に到着した聖女マーサ。彼女の美しい立ち姿を一目見て、ビビッとインスピレーションが湧いた。注文もされていないのに勝手に新作を作り上げている。


 ハンガーにかかっているのは大きく胸が開き、背中はお尻すれすれまで開いた聖女服らしきもの。スカートには白いスケスケの素材を採用。下着はヒモのTバック、布地の替わりに貝殻。


「ふふふ!これを聖女様が着たら王都がひっくり返るわ!前も後ろも見えそうで見えない、新たな聖女スタイル!」


 やっぱり変な服しか作っていない夫人なのであった。

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