【外伝5話】異世界における日本人基準

「なぜです?あなたはリディアを怒るような人ではなかった。なぜ急に変わられたのです?」


 うつむき涙こらえる次女を慰めながら、疑問をぶつけてくる妻リンダ。


 妻に甘く、その妻にべったりの次女にも甘かった吾輩の急変に違和感を感じているのだろう。


 真剣な問いだけに、伝わる範囲で真摯に答えよう。


「吾輩が変わった理由は分からない。最初は夢を見ている気分だったが、結局は吾輩であることに変わりない。


ただ、少し前までは全く気づけなかったことに、気づけるようになったんだ」


 クレアほどの才色兼備の娘が家族にいれば、彼女に嫉妬心を持つことは十分あり得ること。


 そういった心情の機微に気づかない父親の言動が、家族の対立を深めていたこと。


 かといって、クレアに憎しみをぶつけるのは違うこと。


 妻の厚化粧は要らんということ。


「気づけるようになったって、どんなことです?」


 話すべきことを一つ一つ思い出している最中にリンダが聞いてくる。とっさに、


「化粧しなくてもいい。そのまんまの素顔の方がいいってことだ」


 …あ、あれ?吾輩、一番、どうでもいいこと話しちゃってんじゃん。


「あ…、ごめん!今のなしで。もっと大事なこと言いたい」


 ところが、厚化粧の妻が固まっている。


「な…?ど…どうして…?そこ聞かせてくださいっ!どういう意味ですか!」


 やばい…。めちゃめちゃ怒らせた…。


「えーと…。その西洋式の厚みのある化粧するより、素顔が可愛いんじゃないかってことなんだけど…」


 怒りのあまり、両手で顔を押さえるリンダ。よく見ると耳まで真っ赤だ…。


「……だ、だってアナタ?クレアの顔が美少女だっていつもいつも…」


「いや、あのさ…。美少女という評価と、好みのタイプは別問題だよ。吾輩は日本人顔が好きなんだ。この世界ではリンダとリディアの顔がタイプなんだよ」


 急に元気になった次女が話に食いついてくる。


「お父さま、お父さま!お姉さまより私の顔の方が好みなの…?だって、みんな…、誰だってお姉さまが綺麗だって…」


「みんなの意見に流されるの、どこの封建時代だよ…。君たちは、この国では貴重な黒髪黒目のオリエンタル系なんだから自信を持っていい。少なくとも、吾輩は君らの顔立ちに強い愛着を持っている。


もちろん、クレアも尊重していくからね。誰かと誰かを比較して上げ下げするのはやめる。そこは頼むよ」


 互いの目を合わせるリンダとリディア。


 わかってくれたのか、わかろうとしてくれたのか、その後は止まらない質問の嵐。


 やれ、オリンタル系とは?やれ、日本人とは?なぜ、その顔がいいのか?どういう化粧をすればいいのか?いつからそう思っていたか?など…。


 どうも怒っている風ではないのでホッとしたが…。とにかく長い。しつこい。


 手を叩いて締めにかかる。


「はい!おわり、おわり!質問については調べておく。なんなら、化粧とファッションの講師を早急に手配する。


悪いけど、そろそろ帰ってくれ。今夜のうちに済ませたい書類が山積みなんだ」


「まだ、猫目のメイクのことが…」


「お父さま、講師の手配、本当にしてくださいね!」


 まだ話し足りなそうにしている二人。邪険にしちゃ可哀想か…。


「二人とも手を貸して」


 二人の手を取りドアまで送っていく。


 まず、次女の頭を撫でる。


「今日は叱って悪かった。でも、泣かないで、よく話を聞いてくれてありがとう」


「あっ…、はい…」


 次に、妻のおでこにキスをする。


「今まで悲しい想いをさせても気づきもせず、すまなかった。これからは君の笑った顔が見られるよう、吾輩がんばらせてもらう」


「ふぇ…!?……は…はい…」


「じゃあ、おやすみ…」


 最後にもう一度、妻の頬にキスすると、彼女がピクッと震えた気がしたが、なんか作法を間違ってたか。中世西洋スタイルって、こうだよね?


 こうして、吾輩の長い異世界一日目が終わったのだった。

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