【外伝3話】長女の仕事が完璧な理由

「うーむ、才色兼備とは、まさに彼女のことか…」


 夕暮れの執務室。椅子に座り込んだ吾輩は感嘆のため息を漏らす他なかった。


 長女クレアとの約束通り、すぐに財務書類に目を通した吾輩。驚かされたのは彼女の質の高い仕事ぶり。字は綺麗で読みやすく、まとめ方もソツがなく、もはや完璧と言っても差し支えない。


 その仕事ぶりに慣れきった吾輩は、事務仕事の大部分を彼女に任せきりにしていたようだ。その仕事量の多さは常軌を逸しており、青春を謳歌していい彼女の年頃を思えば只事ではない。


 一体、どれほどの努力を積んできたんだ?この仕事の仕方は誰が教えた?家庭教師つけたっけかな?


 少し、記憶を探って思い出してみる。


 …。


『クレア、すごいぞ!教えたばかりの書類の書き方、もう覚えたんだな!』


『お父様、ほんとうですか?…これでわたくしもお役に立てるでしょうか?』


『ああ!リンダは仕事嫌いだし、リディアは甘えん坊だから、お前みたいに賢くて役に立つ子は助かる!また頼むぞ!』


 脳裏に浮かんだのは、抱えていた仕事が減って機嫌のいい吾輩と、はにかみながら笑うクレア。彼女がまだ11~12歳ごろの記憶。


『は…、はいっ!……お仕事がんばったら、お母様もわたくしのこと褒めてくれるのかな…』


『ははは!それにはたくさんがんばらないとだな!クレアに厳しい母さんが褒めるくらい仕事してくれたら吾輩も助かるぞ!』


『は…、はい…。わたくし、がんばるから…。たくさん、がんばります』


 …。


 ……。


「やばい…。吾輩、もう罪悪感で死にそう…」


 うなだれるしかできない…。


「だ、旦那様っ!お水をっ…!」


 慌てて駆け寄ってくる執事。水を飲ませてもらい、なんとか落ち着く。


「あ、ありがとう…。もう、大丈夫だ…。それより、この3件の手配を急ぎで頼む。どれもクレアをサポートするためのものだ」


「は…!し、承知いたしました。ただちに手配して参ります!」


 執事はクレアの不遇に内心、同情していたのだろう。喜び急いで出ていった。


 その後、小一時間ほど領主決裁の要る書類を片付けていく。


 さて、次は…。


 突然、乱暴にドアを叩かれる。


 おいおい、一応、領主の部屋だぞ。


 いつもなら守衛二人を執務室前に置いているから、こんなことは起こり得ない。彼らはクレア担当に配置換えさせてもらった。


『何としてもクレアを守ってくれ。妻リンダと次女リディアもクレアの部屋に入れないように』


と申し伝えてある。事あるごとにクレアへキツく当たる二人を会わせるわけにはいかない。


 しかし、そうなると、今、扉を叩いているのは彼女たちだろう。


「開いてるよー。入っていいよー」


 吾輩が許可を出すと同時に勢いよく扉が開く。予想通りの二人が血相を変えて入ってきた。

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