【外伝2話】孤食の理由と苺のケーキ

 食堂を退出した吾輩は、執事を伴い長女クレアの部屋へ向かう。


 歩きながら、『この夢の設定』を思い出していく。自分のこと、家族のこと、使用人のこと、様々。


 途中、廊下に大きな鏡。


 そこに映っているのは、金髪青目、スラッとした長身のナイスミドル。


「おおおー!かっこいいじゃん!さすが夢!」


 老執事が怪訝そうな顔をしている。


「旦那様、いかがなさいました?」


 執事の疑問に、吾輩は正直に答える。


「いや、吾輩って…、すごく…、かっこいいなって思ってさ…」


 一瞬、固まる執事。


「…さ、さようでございますね」


 執事の回答に満足する吾輩。ついでに確認しておくことがある。


「でさ、クレアって吾輩に似てるよね」


「それはそれは、よく似ておいでですよ」


 人の良さそうな笑顔を見せる執事の答えに、テンションの上がる吾輩。


「おう、それじゃ美少女だな!実際に会うのが楽しみだ!」


「だ、旦那様…」


「あー、いやいや。あれなんだよね。見た目問題も意地悪の原因の一つかなぁって」


 妻リンダと第二子リディアは瓜二つに似ている。気の強そうな顔立ちで、東洋人顔と言える。


 そして、彼女たちは服装、髪型、化粧が合ってない。ああいうアジアンな顔立ちの人は無理に西洋風にしない方がいい。


 日本人感覚からすると、もっと本人に合わせたお洒落をすれば光ると思うのだが。


 逆に、何を着ても似合いそうな長女クレア。


 記憶を掘り起こせば、幼少期からの家族でのパーティー参加では彼女が主役みたいなものだった。


「クレアちゃんは可愛いね」


「クレアちゃんお行儀良くてお利口だね」


「パパに似て美少女だね」


 絶賛の的。


 でも、これ、あれだよね。元の身体の持ち主は自分似の娘褒められてヘラヘラしてたけど、リンダとリディアは大いに傷ついていたはず。意地悪の一因と考えられなくもない。


 さて、まずはクレアからだ。


 この家族で最も「立場が弱く」かつ「ガマン強い」長女は最も損な役回りになっているからな。


 よし、行こう、行こう。


 クレアの部屋の前に到着。執事がノックし来客を伝える。


「お嬢様、旦那様がいらっしゃいました」


「……ど、どうぞお入りください」


 か細い声が聞こえるや、執事が扉を開ける。吾輩が部屋に入る。


 小さな窓、整頓された書類の詰まった本棚に古い作業机。


 そこでは齢、高校生ほどの金色の髪の少女が慎ましく食事をしていた。シンプルな服装は使用人と区別のつかないようなもの。


「おぅ…、美少女だ…」


 吾輩の口が思わず感想を漏らす。


「え…、お父様……。あの、食事中ですから…」


 怯えながらも出ていって欲しそうなクレア。


 まー、そうだろう、そうだろう。


 この父親がこれまで彼女をどれほど傷つけてきたか、よーくわかる。


 わかるので、今日は顔見せで終わりだ。


「すまなかったね。ひさびさに君の顔を見ておきたくて。これだけ、置いていかせて欲しい」


 使用人と同じ質素な食事をとっている彼女。執事には彼女の好物の苺のケーキを持って来させたのだ。手際よくケーキと食器をセットする執事。


「……!」


 まるでありえないことが起きたかのように目をパチクリさせるクレア。


「あ…、あの、お父様、わたくしには贅沢で…」


 あー、そうだった。こういう子だった。


 領地の政務も担当してくれているクレアは、領主一家の贅沢を危惧していた。そう、本来、吾輩一家は最高級ステーキなど食べていい財政状況ではないのだ。


 意を決したクレアが家族にそれを伝えると、リンダとリディア親娘が烈火のごとく激怒。


「そんな節約したいのなら、アナタだけやればいい!」


「お姉さまっ!ちょっと勉強してるからって命令しないでくださいっ!」


 たしか、そのときの吾輩はリンダとリディアに乗っかって、


「家族の食事内容に口を出すな!誰に食べさせてもらってると思ってるんだ!」


とか怒鳴っちゃってたかな。いや、我ながら(厳密には自分じゃないけど)ポンコツすぎだろ…。


 それ以来、クレアは自室で一人、使用人たちと同じメニューの食事をとるようになったのだ。


 その記憶を思い出した上で、吾輩は彼女に伝えた。


「財務については、これから吾輩も考えていく。だから、このケーキは嫌でなければ君に食べてほしい」


「えっ…!?……あ、…でも!……あのっ!」


 もはや、どう答えたらいいかわからないようだ。


 まあ、自分を虐めてた毒親の中身が変わるなんて、夢の中でも思わないだろうからな。


「苺ケーキ、好きだろう。では、また」


 こういうのは、早めの撤退が吉。


 なにか言いたそうなクレアを置いて、吾輩は部屋を後にしたのだった。

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