第21話 祝勝の大食い娘

 勝利の夜。


 国境の町ゴドアは戦勝ムードに沸き返っていた。


 兵士も町人も酒場に繰り出し飲めや歌えの大宴会。


 家族のある者はそれぞれの家庭で思い思いの祝勝会。


 清貧を尊ぶマーサたち聖女隊は町教会で早々に就寝。明日の治療活動に備える。


 そして、町長フォウトは一通り挨拶回りを済ませた後、自宅でくつろいでいた。


 ゴドア町長の館。


 町長の妻、リズ自慢の手料理がテーブルに並ぶ。


 ゲストは、この日の戦後処理を終わらせてやってきた白騎士団長メイリーン。


「メイちゃん、ありがとねぇ。あたしらも、やっと安心して寝られるよぉ」


 リズはメイリーンの父ホウゲンの妹であり、つまり彼女にとっての叔母にあたる。180センチは超える長身の女性だ。


「あっ、いえっ、ありがとうございます。みんなのがんばりのお陰です。あっ、お肉おかわりください」


 戦場での凛々しい姿とはうって変わって、叔母の褒め言葉に照れる彼女。そして、ちゃっかりおかわり要求をする。


「たーくさん食べてねぇ!ホウゲン兄さんも大きいし、メイちゃんも背伸びるよぉ」


 たしかに父は身長2メートルの大男である。ただ、メイリーンは父より母に似たのか、この国の女性平均程度しか上背がない。


 しかし、戦闘後の食欲は父親似。彼女の食べ終えた皿が早くも山のように積まれている。


「はっはっは。リズの料理は美味いだろう。いい食べっぷりだねぇ。義兄さんといい勝負だ」


 幼い娘とチェスをしながらニコニコ顔のフォウト。カラカラ笑うリズ。


「あたしの料理で喜んでもらえてうれしいよぉ。あのリザードマン軍さぁ、いくら追っ払っても毎年きてたから。ウチのソフィなんか、警報の早鐘が鳴るたびに怖がって泣くし」


 ソフィは、リズとフォウトの娘。7歳になったばかり。


「ママっ!今日は泣いてなかったよ!メイお姉ちゃんにウソ言わないで!」


 チェスをしていたソフィが心外だと言わんばかりに文句を言う。


「それより、パパ、ママ!リザードマン倒したら、王都に行くって約束!覚えてるよね!」


 顔を見合わせるフォウト夫妻。


「あんた…、いいのかい?」


 国王の先妻の息子である夫。王都に戻れば王族としての務めから逃れることは難しくなる。


「僕は…。いや、君は帰りたいだろう?王都の料理倶楽部またやりたいって…」


 妻のリズも元は公爵家令嬢だ。かつては令嬢たちを集め料理倶楽部を主催していたほどだった。


「ああ、あたしはそうだけどねぇ。こっちでの暮らしも好きだけど王都が懐かしいよ」


「だよなぁ。ここまでメイたちがお膳立てしてくれたら、帰らなきゃだよなあ…」


 絶賛食事中のメイリーンに目を向けるフォウト。


 先妻、すなわちフォウトの母を亡くしてから別人のように気弱になった父王。政への関与がなくなり、結果として後妻マターノ妃、宰相ライカイらの横暴を許すこととなった。


 政治闘争を嫌ったフォウトは、王都での王太子争いを辞して国境の防衛を志願。今に至る。


 国王を蔑ろにし、国を乱れさせた面々は、この大食い娘と仲間たちに駆逐された。


 国王自身も混乱の責任をとり退位。現在、王位は空位となっており、フォウトの義兄、ホウゲン大将軍が宰相を兼任し王都を仕切っている。


 その彼から早く王都に戻り王位を継ぐよう催促が絶えない。


 国境の防衛が落ち着くまではと固辞し続けていたが、その懸念が今日、無くなった。


「…あの小さかった姪が立派になってくれたものだ」


 フォウトが懐かしそうにメイリーンを見つめる。


 しばらく夢中でフォークを動かしていた彼女だが、目線に気づいて手を止める。


「ほぇ?……むぐむぐ……。あっ、あの、王都はもう……安全…だから帰ってきて大丈夫です。あっ、おかわりください」


 小さな娘ソフィも合わせる。


「ね!メイお姉ちゃんも言ってるもん!王都行こう!わたし、学校行きたい!」


 娘の後押し。


 わずかに残っていた迷いが消えた。


「僕も覚悟を決めなきゃ、だねえ」

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