第19話 異界の門

 圧倒的な質量が空気を切り裂く。


 リザードマン王ガルマン、渾身の投擲。


 爆音を残して飛ぶ聖銀の槍。


 あらゆる攻撃を阻んできた光の壁を難なく貫通。


 戦場の敵味方、全ての目線が飛行物に集まる。


 狙い撃たれる大聖女マーサの覚悟はすでに決まっていた。


(来ると分かっているものを対策していないわけがないよ!)


 発動条件は自身が展開した広域防護魔法が貫通されること。


 条件が満たされたことにより、事前に組んだ術式が発動。


 刹那、彼女の眼前の空間が水面のようにユラリと揺れる。


 歪んだ膜に吸い込まれ、消失する槍。


 完璧な投擲を終え、命中を確信したリザードマン王の雄叫びが響き渡る。


「うおおおらあっ!」


 いや、ターゲットの術者は無傷で立っている。


 光の壁も残ったまま。


 その、予想外の結果。


「ど、どうなっているっ!!たしかに当てたはずだっ!!」


 愕然とするリザードマン王。


 一方、壁内では双子の聖騎士が喜び手を取り合う。


「尊いっ!尊いよぉー!」


「マーサ様ぁっ!」


 一息ついた聖女が振り返り、


「ねっ!言った通りでしょう?」


 双子姉妹にウィンクする。


「うおおおおおお!!」


 姉妹の声がかき消されるほどの大歓声。町の兵士たちだ。


 どこからか取り出した聖銀の槍を味方に見せて手を振るマーサ。


「ふふっ、これで無事に国宝を取り戻したね」


 偽女神の使っていた異世界召喚。それを転用した技だった。


 通常、人の身では異世界召喚を使用することはできない。しかし、大聖女たる者、異界の門を開くくらいはできる。


 つながる先は無限の暗闇。虚無の空間。


 この技で聖女は偽女神から姿を隠し、かの者の自爆を防ぎ、そして今回、自身を守ったのだった。


「くそおっ、退却だっ!矢の射程外まで逃れろっ!急げっ!」


 生き残りのリザードマン戦士を束ね全速後退するガルマン王。


 身体能力に優れるリザードマン兵が一斉に駆け出し、射撃から逃れていく。


 その離脱速度たるや、さすがは歴戦のリザードマン戦士たち。あっという間にゴドアの町から離れてしまう。


「逃すなっ!ガルマンの首をとれっ!」


 町長フォウトの指揮が飛んで城門が開いた。


 騎兵隊による追撃が始まる。


「なめるなっ!」


 槍をとり、迎撃体制をとるガルマン。


「反転して迎え討つ!者ども、槍衾だっ!」


 すでに敵の弓兵隊の攻撃は届かない。接近戦ならば腕力に勝るリザードマンに分がある。


 ところが、反転途中に伝令が駆け寄ってくる。


「王っ!背後から射撃っ!」


 気がつくと自陣後方に広がる白い霧。


 そこから一斉に矢が飛んでくる。


「なんだと!裏切りかっ!」


 不完全な体勢での予想外の位置からの遠距離攻撃。


 さしものガルマンも肩に矢を受け苦痛にうめく。側近の精鋭たちも倒されていく。


「卑怯だぞ!!名を名乗れっ!!」


 霧が薄くなり、部隊の影が見えてくる。白い鎧を纏ったヒト族の女性騎士が前に出る。


「私は王国参謀メイリーン・ツリョウド・ショカルナ!ガルマン大王、投降なさい!抵抗するなら容赦しません!」


 王国の別働隊を率いて現れた姫軍師、メイリーンだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る