第17話 女神のヴェールとリザードマン

「どういうことだ!!我が軍の攻撃がまったく通らんではないか!!」


 リザードマンの王に相応しい筋骨隆々の戦士ガルマン。太い尻尾を地面に叩きつけ、怒りを露わにする。


「冬にも雪の降らない土地を」


 爬虫類から進化したとされるリザードマンは種族的に寒さを嫌う。南下して温かい土地を支配することは種族の悲願。


 猛将ガルマンが王位に就いて以降、連戦多年。南に向け順調に領土を広げてきた。


 ただ、その彼も壁にぶち当たることになる。ヒト族の王国、その入り口となるゴドアの町。


 ヒト族は身体能力こそリザードマンより低いが、知恵が回り団結力がある。更に優れたリーダーを得た場合、その厄介さが跳ね上がる。


 国境の町ゴドアには、そのリーダーと団結力があった。連年、長期戦の末に撤退を余儀なくされている。


 今回は過去の失敗を教訓に、支配下の12民族を従え、必勝の陣容で攻め入ったはずだった。


 道のりは順調。ゲリラ部隊との会戦もあったが、大軍を前にあっさり撤退していく。


 ところが、先行部隊がゴドア外壁に近づいたところで異変が起こる。


 外壁上に白金の光を纏う一人の女が現れたのだ。


 その女が頭上に杖をかざすや否や光があふれ出し、ゴドア外壁全体を包み込む。


 白金に輝く光の壁。リザードマンの感覚にも息を呑む美しさだ。


 最初は見た目だけのトリックに思われたが、矢も魔法も通さず、ならばと騎兵で突撃を敢行するも激突による死傷者が続出。


 進軍を止められているうちに矢と魔法を浴びせかけられ、外壁前に死体が積み上がる。


「ガルマン王!やはり、あの光の壁のため我々の攻撃が通りませぬ!」


 本陣に駆け込んできた伝令に怒りをぶつけるリザードマンの王。


「それは見てれば分かる!だからあの光の壁が何なのかと聞いているのだ!お前は子トカゲの使いかっ!」


「もっ、申し訳ございませぬ!」


 平伏する伝令を横目に、進み出た老参謀が助言する。


「あれはおそらく、ヒト族の聖女の技でございます。たしか…『女神のヴェール』とか。まさか聖女が出てくるとは、我らの情報不足にございました」


「ぐぬっ、ライカイの失脚が…!」


 ヒト族側の協力者ライカイ公爵。王国の宰相でありながらガルマン王と内通しており、密かに贈った黄金と引き換えに情報と貢物を送ってくれていた。


 そのライカイが先日、王国内の革命で失脚。ガルマンとしては強力な内通者を失い、時間をおいて王国が安定してしまえば、自らのチャンスを永遠に失う状況となった。


 そうであるなら、政権交代の混乱に乗じ大軍で攻め入り、今日こそはゴドア突破を成し遂げる腹づもりだったのだ。


 それが、予想もしなかった聖女の存在。


「ガルー部族、壊滅です!」


「ラーン帝国軍、後退していきます!」


 次々と友軍の敗退が伝えられる。


「くそうっ!あの光の壁さえなければ!なんとかならんのか!おい、参謀!」


 主君に応じて難しい顔で説明する老参謀。


「通常であれば、守りの固いところは避けて迂回。横や裏から攻めるのが定石なのですが…。


先に迂回ルートをとった友軍はフォウトの流星魔法を受けて半壊しています」


 流星魔法。町長フォウトの得意とする広範囲攻撃魔法だ。


 主に大軍を殲滅するために使われる軍用魔法であり、大陸でも使い手は片手に数えるほどとされている。


「くそっ、あのフォウトのやつめ!あいつさえいなければ、とっくに…!」


「いずれにせよ、我々が迂回するのも敵は想定済みです。ここは、まず後退を…」


 退却を求める参謀と、打開策を求める王。


「どうしても手はないのか!あの光の壁、あれほど強力で広範囲であれば魔力が持たないだろう!」


「聖女の力量に左右されると思われます。しかし、いつ切れるか分からないものを待っていては被害が増すばかり。


ガルマン王よ。一刻も早く下がって敵の攻撃射程から外れましょうぞ」


 最初は穏やかに話していた老参謀も、いよいよ声が強くなる。退却の判断が遅れては目も当てられない。


「くそ…、やむをえんか。しかし、ただ後退しては戦場の主導権は完全に敵側だ。下がるにせよ、何か…」


 苦しげにうめく主君に、老参謀が知恵を出す。


「手はないわけではありませぬ。光の壁は強固ですが、術者が死ぬか、魔力切れで消えます。そして一定以上の強い衝撃で貫通できるはず。それが光と親和性の高い聖銀の武器であれば、まず、間違いなく」


 聖銀の武器。


 それなら、まさに内通者ライカイから貢物として送られた聖銀の槍がある。


 余りにも貴重品であるため、ガルマン王も秘蔵の品として使うことがなかったが、今はそうも言っていられない。


「よし、聖銀の槍を持て。あの女をぶち抜いてやる!」


 ガルマンは遠く外壁の上に立つ聖女を睨みつけた。

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