第14話 異世界の罰、日本の罰
「偽聖女エリカの棒打ち刑、参加者はこちらー。見物のみなさんは正面そのまま、お進みくださーい」
王都中央通り、警備兵が大声で案内する。
「ひゃー、王都は人が多いねぇー」
大きな荷物を背負った行商人が感嘆する。
「おーい!そっちは中央広場だから混雑するよー。もうすぐ刑罰の時間だからねー」
声をかける警備兵。
「刑罰って、それで混雑?そんなに人が集まるものなのかい?」
商人の質問に答える気さくな兵士。
「いやいや、ありゃあ罪人には悪いけど庶民の娯楽というかガス抜きみたいなもんなんだよ。えーと、今日の昼は、偽聖女エリカだな」
「え!エリカ!有名人じゃないか!」
知っている名前を聞き、驚く行商人。
「演劇にもなってるしな。『悪女エリカ』、おたくも見たかい?」
「もちろん!あれ本当の話なんだろ?家族への仕送りのために働いてたメイドを、王子を誘惑したとか言いがかりつけて殺したの?」
ちょうど昨日、酒場のステージで見たばかりの演目。こんなところに話し相手がいようとは。
「あれはひどい話だよな。だいたい、メイドを脅迫して誘ってたのは王子の方なのに。色ボケ王子もちょん切られていい気味だぜ」
すでに先月、ミセラサ元王子の宮刑は済まされている。彼への棒打ち刑は毎週、大人気で王都の目玉イベントと化している。
「まー、でも、今日のエリカの方が人出が多い。偽聖女の知名度と、王子と違って棒打ち刑が初めてだからな」
「そうか、王子は先月からか…。よく死なないもんだ」
感心した様子の行商人。警備兵も同意する。
「ああ、若いから体力あるんだろう。ただ、さすがに手足が潰れて動かなくなってるらしい」
「ひえー、怖い怖い」
おどける行商人に頷いて、警備兵は話を続ける。
「今日は見物客だけでなく、参加者数も過去一番だ」
商人が首をひねって尋ねる。
「見物客はわかるが…。参加者ってなんだい?」
「ああ、この王都じゃあ、殺人罪を犯したやつは死刑の前に棒打ちがある。それは刑吏だけでなく、一般市民でも希望者は一人一回叩くことが許される。それを参加者と呼んでるんだ。
あと被害者遺族は何回叩いてもいいって決まりもある」
「ひえー、罪人ったって、たくさんの参加者に叩かれたら死んじまうんじゃないのかい?棒も太いし硬いんだろ?」
「そうだな。一応、叩いていいのは背中や尻、腕、足だけだ。叩かれすぎて骨まで出ちまう罪人もいるが…。エリカは恨み買ってたし、そうなるかもな…」
「ひー、怖や怖や」
大げさに怖がる行商人の様子を面白がる警備兵。
「死なないように救護のヒーラーもいるぜ。けど、稀に死んじまう罪人もいる。どうせ死刑になる罪人とはいえ、殺しちまうと、それなりの罰則はあるから気をつけな」
はたと気づく行商人。
「てことは、俺みたいな流れ者でも参加できるのかい?」
「身分を証明できるものがあれば。おたくなら行商許可証で大丈夫だろう」
「おう、あんがとさん。商売の土産話に偽聖女エリカぶっ叩いてくるわ!」
行商人は警備兵に礼を言って立ち去った。
そこから少し離れた中央広場刑場。
牢屋から直通する通路では、囚人服を着せられ、口と腕を拘束されたエリカが震えていた。
若い刑吏が声をかける。
「罪人エリカ!これから数時間かけての棒打ち刑となる。脱水の危険性が高いため水分をとるように!」
水を飲ませるため、口の拘束が外される。
途端にまくし立てるエリカ。
「やめてよっ!こんなの人権無視じゃないっ!なんで棒で叩かれなきゃなんないのよっ!」
刑吏が不思議そうに答える。
「水飲まんのか?相当に出血するし喉かわくぞ」
「あ、あんた怖いこと言わないで!だから、人権!ちゃんと裁判受けさせて!弁護士!」
必死に抗弁するエリカ。
一方、あくまで事務的に答える刑吏。
「ふむ、人権とか俺にはわからん。お前、死罪で決まりだろう?そもそも弁護士ってなんだ?」
元聖女が反論する。
「人を簡単に死罪にしないでよっ!ほら、三審まであるでしょ!日本だったら無期懲役なんだから!異世界からきて分かってなかったんだから仕方ないじゃない!あんたみたいな下っ端じゃなくてメイリーンとか偉いやつ出しなさいよっ!」
呆れたように返す刑吏。
「いやお前、100人は殺しといてなんだ。お前のいた世界は知らんけど、ここじゃ無実の人間を一人殺したら原則死刑。
俺たちの国は罪人養う余裕ないし、そんな無期懲役とか長いこと牢に入れておけない。だいたい牢が足りないし、刑吏も足りん。
メイリーン様だってお前らのやらかしの事後処理で国中駆け回っててお前どころじゃない」
突っぱねられたエリカは泣き出す。
「うえぇっ…ごわいよぉ…。叩かないでよぉ…」
刑吏はため息をつく。
(はあっ…。妹を殺した奴がこんなガキなんてな…。こいつに恨み言いってやろうとメイリーン様に配属してもらったが…)
「もう、しないからぁ…。異世界で…、ゲームみたいだって…、調子のってましたぁ…。ごめんなざいぃ」
泣きじゃくるエリカに、刑吏も泣きたい気持ちを抑えながら語りかける。
「まー、しゃーない。どんな理由があろうと、お前はやっちゃいけないことをした。たっぷり罰を受けて苦しんで死んでもらうしかない」
残酷な宣告に言葉も出ないエリカ。
少し言いすぎたかと思う刑吏だが、やはり、こいつだけは許せない。
「ほら、行け。遺族の恨みを受けてこい。棒打ち、これからお前の死刑の日まで毎週あるから」
「あぐっ…。ひんぐっ…。無理無理っ…」
若い刑吏は再度、エリカの口に猿ぐつわする。彼女の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている。
左右から刑吏に掴まれ、抵抗する気力もなく引いていかれるエリカ。
歓声と怒号が湧き上がる刑場へ向かうのだった。
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