断罪する者たち、その結末
第10話 断罪王子の末路
その日は王国史に残る記念日となった。
ことの顛末は現場で多くの貴族が目の当たりにしたことにより、あっという間に国中に広まった。
一番のニュースは女神が偽物であり、その正体が人を喰う大精霊であったこと。
500年間、しばしば偽物の聖女が仕立て上げられ、それが当代ではエリカであったこと。
そのエリカを権力拡大のため利用していたのがミセラサ王太子と宰相派であったこと。
王太子とエリカの加虐性のため、多くの罪なき人々が犠牲になっていたこと。
王家は日和見を決め込み、政の腐敗を進行させたこと。
急遽、宰相に就任したメイリーンの父・ショカルナ公爵の指揮の下、可能な限り調査結果がオープンにされ、国民に知れ渡ることとなった。
異界の断層から帰還した大聖女マーサも証言したことで、それが事実であることが後押しされた。
それはつまり、多くの国民にとっては希望の日となり、一部の特権階級にとっては絶望の日となったことを意味していた。
「知らなかったんだっ!俺は!女神と聖女が偽物だなんて!知ってたら俺は!」
王宮地下の取調室。
手錠をかけられ拘束された元王太子ミセラサが絶叫する。衛兵に折られた骨がまだひどく痛むが、この弁明の機会を逃したら後がない。
「知らなかったのは分かっています。あなたたちのことは、長年、私自身も調査してきましたから」
冷たく突き返すメイリーン。
「だ、だろう!君とは形式上とはいえ、元婚約者じゃないか!だから!」
希望が見えたと畳みかけるミセラサ。
「婚約者になったのも、あなた方を近くで調査するためです。それ以上でも以下でもありません」
きっぱり言い切る元婚約者。
「じゃ、じゃあ、俺は婚約者になってあげた、協力してあげたってことじゃないか!だいたい俺も被害者だ!女神とエリカと宰相にだまされてただけだっ!」
ミセラサは自らの潔白を主張する。
「いえ、あなたの有罪は覆りません。115件の殺人はすでに確定していますし、これからもっと明らかになるでしょう」
調書に目を落としながら、淡々と説明するメイリーン。
「だっ!俺は王太子なんだ!逆らうやつは斬るのが当たり前だ!知らなかったことを罪にされるのも心外だっ!」
思わず本音が出る元王太子。
軽くため息をついてメイリーンは答える。
「あなたは、もう王太子じゃない。重罪は漏れなく裁かれます。
それに、権力者の立場にある人間が『知らなかった』では済まされません。知ることのできる権力を持ちながら、知ろうとしなかったこと。それどころか偽聖女や元宰相の犯罪に積極的に加担したこと」
一気に言い切ってミセラサを鋭く見つめた。
その圧力に元王太子はたじろぐ。
「くそ、何を言っても許されないなら取り調べの意味がないだろう!なんだ、君を軽く扱ってきた俺への復讐のつもりか!」
八つ当たりに近い怒りをメイリーンに向ける。
ここで彼女は小さく笑う。
「ふふっ、その点での復讐心は無いですよ。あなたに粗雑に扱われたのは良かったのですから」
元婚約者の笑った顔は、不思議と可愛らしく、美しい。
(メイリーンのやつ、こんな美形だったか?冴えない女だったはずだが)
この状況に関わらず好色な元王太子。
彼が知ることはないだろう。
形式婚約したとはいえ、「顔はいいが女好きで威圧的」と評判の王太子に、メイリーンが心底、近づきたくなかったことを。
彼の目に止まらないため、質素な服装と地味化粧を施し逆自己プロデュースしていたことを。
それなのに、あの日、マーサに抱きついて泣きじゃくったがために化粧が全部落ちてしまった。
貴族や兵士たちの面前で幼い子供のような姿を見せてしまったことは、彼女にとって一刻も早く忘れたい黒歴史になっている。
それはそれとしても、公衆に素顔を晒し、危険人物ミセラサが逮捕されたことで、手間をかけてまで地味化粧するメリットがなくなってしまった。
ましてや、今は戦後処理に忙殺されている。今日は何も化粧できていないのだ。
「この後、あなたには宮刑の手術があります。万が一、そのまま、お亡くなりになる可能性もゼロではありませんので、その前に言い分があればと聞いたのです。私が最もあなた方の情報を持っていましたので」
メイリーンは先の質問に答えて、席を立つ。
冷厳な宣告に青ざめるミセラサ。
「…!宮刑って…あそこ、ちょん切る…やつか?」
「はい。あなたは婦女暴行の常習犯でもありますから。…それでは」
「まっ…!あ!」
彼女を呼び止めようとしたミセラサは最後まで言うことができなかった。
衛兵に手早く、口を拘束されたからだ。
汚いものを見るような目でミセラサを一瞥した後、メイリーンは部屋を出て行ったのだった。
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