第5話 女神の正体と起死回生の聖女
先ほどまで「女神様」だったはずのモノ。真っ二つに割られ転がった球状の黒石。
「女神様が…」
「岩?石?」
「いや、石炭の塊か?」
呆気にとられた貴族たちから思わず声がもれる。
メイリーンが誰にともなく説明する。
「これは、もともとウィルオーウィスプとも呼ばれる光の精霊の一種。実体化の際に核となる石炭です。長く…悠久の刻を生きるうちに力と知恵をつけた。自らを本物の神と勘違いするほどに」
衛兵たちへ片付けの指示をしながら言葉をつなぐ。
「女神が我が国に降臨するようなったのは500年前ほど。その頃に我々の女神信仰を知り、女神様に化けて出るようになったのでしょう」
ホールに集う参加者たちは聞き入る。
「以来、この女神を騙る精霊は、聖女の陰に隠れ王都で暗躍していました。魔法の素質のある者を見つけては喰らい、更なる力を得ていたのです」
メイリーンは悔しさを隠すように目を伏せる。
「先代聖女は真相を知り、それを限られた者だけに伝えました。彼女は女神を追及に赴き、それきり戻っていません」
しばしば王都で人がいなくなる神隠し。圧倒的な人望を有した先代聖女の行方不明。長らく謎とされてきた理由が明かされ、人々がどよめく。
ただ一人、ようやく鼻血が止まった聖女エリカを除いて。
すでに彼女は両手両足を縛りつけられ、自殺防止の猿ぐつわを噛まされている。衛兵が前後左右から監視し魔法も封じられている。
エリカの目は焦点が定まらず、ただ空中を見つめている。
彼女は半ば夢の中にいた。
(…聖女エリカ、エリカ。聞こえますか?あなたの心に話しかけています。そのまま聞いてください)
エリカの目に光が宿る。
(女神様!?ああ!よかった!生きてたんですね!)
(ああ、わたくしの愛し子エリカよ。わたくしは邪悪な者たちに陥れられ、無惨な姿に変えられてしまいました)
(あっ、あの汚い石ですね!あんなのが女神様のわけないもん!やっぱりあいつらの演出?ですよね?許せない!)
数秒、女神の交信が途絶える。
(汚いとは…。いや、いいでしょう。そうです、許せません)
エリカは女神の声を聞き、土壇場で最強の味方を得た気分になる。
(女神様、力を貸してください!聖女の私を殴って、こんな目に遭わせた奴ら!全員、殺してください!)
(それでこそ聖女です。では、私の本体…の触媒となる、あの黒い石に触れてください。そうすれば、わたくしはあなたの魔力によって復活できるのです)
女神様の復活!エリカは内心、飛び上がって喜んだ。
(あ!でも!私、縛られてて!あの女と兵士も邪魔で!あの石、どうすれば手にとれるんですか?触ると手が汚れそうだし)
エリカは考えるのが苦手なタイプだ。だから女神としては意のままに操りやすかったのだが、今は裏目に出てしまう。
(汚れません!…いえ、「最後のお願い」とでも申し出て「女神の形見の品に祈りを捧げる」として石に触れなさい)
(さすが!女神様!)
(わたくしが復活しましたら邪悪なる者どもに天罰を下します。さきほどは卑怯な奇襲を受けましたが今度はわたくしたちの番です)
頼もしい女神の助言をエリカは盲信する。
そして、即、行動。
猿ぐつわを噛まされてはいるが、この程度であれば完全に言葉が出ないわけでない。
「ふいまへん!はのっ!さいほのおねはい!メイリーンはまっ!」(すいません!あの!最後のお願い!メイリーン様!)
監視中の衛兵がエリカを止める。
「静かに!発言は許可していない!」
「はんは!しはっはのふへになまいひ!」(あんた!下っ端のくせに生意気!)
拘束されていてもエリカの傲慢は変わらない。臆することなく衛兵をなじる。
騒ぎを聞きつけたメイリーンは事後処理の指揮の手を止めて振り向く。
「エリカ様。話を聞くのは最後ですよ。おっしゃってください」
衛兵に少しだけ猿ぐつわを緩めるよう、指示を出す。
途端にエリカが喋り出す。
「あのっ!私、死ぬ前に!反省したいの!女神様の形見の、そこ落ちてる黒い石?と一緒に!祈らせて!」
メイリーンは表情を変えず無言で聞いている。何も答えてくれない。
(この!ほんとイラつかせる女ね!今すぐ殺してやりたい!)
エリカは焦る。これが唯一の起死回生策なのだ。
ところが、しばし黙考していたメイリーンから意外な返事が。
「まあ、いいでしょう。ただ、これ以上は話すことを許可しません。石は用意しますから、お待ちなさい」
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