第2話 カウンター令嬢。反撃の真髄は神速かつ少々残酷であること

 公爵令嬢メイリーンへの処罰を宣言した王太子に対し、カウンターでの「本当に馬鹿ですね」発言。言い切った彼女は涼しい顔で澄ましこんでいる。


 王太子ミセラサは端正な顔を歪め怒り狂う。


 幼少の頃より周囲に甘やかされ褒めそやされ育った彼。「馬鹿」などと面と向かって言われた試しは一度もない。


「ば、馬鹿だと!?不敬だぞ!衛兵、その女を取り押さえろ!今すぐ罰してやる!」


 武装した衛兵隊がメイリーンへの距離を詰める。


 聖女エリカら王太子派の人々が期待に満ちた目でメイリーン捕縛の瞬間を待つ。


 ここで宰相ライカイは違和感を覚える。


 今日の衛兵隊は宰相の息のかかった3番隊が当番日のはずだが、今、目の前に現れたのは、どの派閥にも属さない1番隊だ。


(気に食わんが…。まあいい。あとで問いただすか)


 問題はない。いずれにせよ、王太子殿下や宰相の命令に従うのが衛兵隊だ。このままメイリーンを逮捕して終わりになる。


 完全に衛兵隊に取り囲まれたメイリーン。


 だが、その彼女には怯える様子がない。迫る衛兵から目線を逸らさすことなく、姿勢の乱れもない。


「ちっ、生意気な女だ」


 王太子は舌打ちする。


 傍らの聖女エリカは


「あはははっ!メイリーン様、お気の毒ねぇ。虚勢を張っちゃってさ」


と意地の悪い笑みを見せる。


「ここまで不敬を働かれては国外追放のみでは示しがつかん。死罪も検討せねばな」


 宰相は顎髭を触りながら呟く。


 ところが、メイリーンを囲んだ衛兵隊が突如、一斉に彼女から背を向けた。


 メイリーンを捕えるどころか、まるで彼女を全方位から守る陣形になっているではないか。


「なにをしている!そいつを捕らえろと言っている!」


 王太子は苛立ちを爆発させた。


 ライカイ宰相も口を揃える。


「王太子命令であるぞ!もたついている場合ではない!それでも宮廷衛兵か!」


 衛兵隊長が兜の奥から返答する。


「我々は王太子殿下および宰相閣下の私兵ではございませぬ」


 一瞬、呆気にとられる王太子。


「な、なんだと!おいっ!こいつも捕えろ!衛兵!」


 衛兵隊に命令を出す王太子だが、衛兵の誰一人として微動だにしない。無言のままメイリーン護衛の布陣を堅持している。


 宰相もいよいよ顔を真っ赤にして声を上げる。


「なにをしている!王太子殿下に逆らうとは何事か!衛兵隊も懲罰だ!この命令違反の者どもを引っ捕えよ!」


 だが、従う者がいない。


 宮廷内随一の武装勢力たる衛兵隊が一致団結して命令拒否している状態なのだ。


 様子を見守っていたメイリーンが口を開いた。


「シリュー隊長。リストに名のある、この者たちを制圧なさい」


「ハッ!お嬢様。ただちに」


「ここは敢えて手荒にしなさい。男女問わず、腕と足、鼻や歯を折ってもかまいませぬ」


「承知しました」


 シリューと呼ばれた衛兵隊長は腰の剣を抜くと、ホール内いっぱいに大声を張った。


「参加者全員、安全保持のため動かれるな!これより国家の平和を乱し私物化する罪人どもを一人残らず捕縛する!開始ッ!」


 隊長の命令と同時に動き出す衛兵隊。迅速に貴族派の面々を捕縛していく。


「殿下を守れ!…ぐわっ!」


「無理ですっ!強すぎる…!数も…」


 王太子と宰相には護衛こそついているものの、練度、人数とも遠く及ばず。まともな戦いにならないまま制圧される。


「ど、どういうことだ…?謀反の兆しなど無かったはずだ…」


 王太子ミセラサは理解が追いつかない。


 なぜ、たかが公爵令嬢のメイリーンが指揮をとっている?我らの指揮権が奪われている?


 いや、そもそも、あの地味で大人しいメイリーンが「腕と足、歯を折れ」と?


「あ…あ……!」


「こ、こんなことが許されるわけ…」


 真っ青な顔で立ちすくむ王太子の取り巻きたち。聖女エリカはへたり込んでいる。


「なんなの……。なんで…?」


 一切構わず続く衛兵隊による制圧作戦。


「捕縛前に再度、リストを確認せよ!誤認逮捕は絶対にあってはならない!」


「了解!王太子を捕縛。制圧します!」


 屈強な衛兵に掴まれた王太子は身動きすら取れず悲鳴を上げる。


「や、やめろおっ!俺は王太子だぞっ!」


「黙れッ!」


ゴギッ


「あ…ガッ…」


 激痛が走り、骨を折られたところで気を失った。


 逃走を図った宰相は中立派の貴族たちに取り押さえられる。それをシリュー隊長が引き取って制圧にかかる。


「や、やめろ!俺は悪くない!」


「すでに貴様の罪はメイリーン様の指示された調査により明らかになっている。反対勢力の殺人、誘拐からの人身売買、国庫の私物化、外国との内通。やってくれたな」


「う、嘘だ。し、証拠、証拠を出せ!陛下が黙ってないぞ!」


「陛下?お前などを宰相に据えておく陛下をメイリーン様はお許しにならない。退位いただく手筈だ」


「な!な…、ぐぐぁ…」


 口の中を剣の鞘で殴られた宰相は流血しながら倒れ込んだ。


「う、うそよ…。上手くいってたじゃない!私、お姫様になるのに!」


 次々と味方が制圧されていく中、最後に残ったのは聖女エリカだった。


 シリュー隊長を従えたメイリーンがエリカに近づいていく。


 エリカは叫ぶ。


「近づかないで!私になにかあったら女神様が黙ってないんだから!あんたなんか殺しちゃうんだから!」

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