姫軍師メイリーン戦記〜無実の罪を着せられた公女
水戸尚輝
断罪された公女、抗う
第1話 夜会にて、断罪される公爵令嬢
「メイリーン・ツリョウド・ショカルナ!お前の罪は明らかだ!罪人は王太子妃に相応しくない!婚約を破棄する!」
美男の王太子ミセラサの声が夜会のダンスホールに響き渡る。
「あ…、はい」
地味で質素なドレスに身を包み、目の下にうっすらとクマのできた令嬢。
彼女の名はメイリーン。つい先ほどまで王太子の婚約者だった公爵令嬢だ。
その彼女の泣いて抗弁する姿を期待していた王太子ミセラサは、あっさりした返事に拍子抜けする。
(なんだ、この女。俺の婚約者という栄誉ある立場を失うというのに。相変わらず気に入らんやつだ)
「お前!弁明はないのか?」
「弁明もなにも。でっちあげられる罪を弁明する必要ありますか?」
常日頃から公務と習い事、読書に明け暮れるメイリーンに罪の心当たりはない。強いて言えば連日の夜更かしと夜中にお菓子を食べたくらいのものだ。
二人を取り囲むように居並ぶ参加者たちが騒めく。
「メイリーン様が罪を犯すはずが…」
「そんな…。私にも優しくご挨拶してくれてた方だよ…」
メイリーンは見た目こそ目立たないものの、誰に対しても分け隔てなく丁寧に接する人柄。王宮内のみならず多くの平民にまで好かれる存在だった。
王太子の取り巻きは、その流れに異議を唱える。
「いや!最近、よからぬ噂を聞いたぞ!」
「あたくしも聞きましたわ!なんでもエリカ様に突然、水をかけたとか?」
美しい顔立ちの王太子はあくまでメイリーンの罪を追及にかかる。
「シラを切る気か!お前の罪はここにいる聖女エリカに対し、王太子婚約者にあるまじき陰湿ないじめを繰り返したことだ!」
王太子の傍らには黒髪黒目の異世界人とされる少女が寄り添っている。王太子の寵愛を受ける彼女は優越感を顔に浮かべている。
(地味女のくせに、いい気味。ただ公爵令嬢の身分ってだけでミセラサ様の婚約者なのが身の程知らずなのよ)
これまでエリカはメイリーンとすれ違い様に、自ら水を被る、自ら転倒するなどをして「メイリーン様にやられた!」と騒ぐこと一度や二度ではなかった。周囲の王太子派の子女と結託し、メイリーンを陥れようとしてきたのだ。
だが、ターゲットの彼女は肝が座っており、
「私は関与しておりません」
と述べるのみで動じることがなかった。
公爵という力のある父を持ち、そもそも王太子派以外からは幅広く人望のある彼女には必ず味方となる目撃者がいた。
そのため、それ以上は追いつめることができず、その現実が聖女を余計に苛立たせてきた。
メイリーンは聖女エリカを一瞥すると、
「ふふ、そういう筋書きですものね」
ニコリと微笑む。
エリカは慌てて騒ぎ出す。
「メイリーン様っ!言いがかりはやめてくださいっ!また私をいじめるんですか!」
エリカが取り乱したことで、王太子はメイリーンを怒鳴りつけた。
「今のが証拠だ!エリカに対する嫌がらせの証言は散々挙がっていたが現行犯だな!」
「はあ」
メイリーンは気の抜けた返事をする。
王太子は王太子で、気にさわる人間は処罰し、逆に、自分に媚を売る人間を優遇してきた。
その過ちを咎めることもあるメイリーンは彼にとって苦々しい存在。
公爵家との縁を強めるために形式上の婚約者となっていたが、そもそも好色で派手好きなミセラサからすれば、地味で質素、堅実なメイリーンは全く好みに合わない。
その女がまたも正論を述べてくる。
「その、エリカ様に対する嫌がらせの証言をしていたのはどなたです?きちんと調査なされたのですか?」
当然、調査らしい調査などしていない。自分が気に入らなければ黒だ。自分の味方であるエリカや宰相の言うことが正しい。
それに疑いを持つなど、まったく癪にさわる女だ。
「無礼なやつめ!エリカ自身も、そこのライカイ宰相も、複数の貴族も証言している。今更、言い逃れするつもりかっ!」
ライカイ宰相は貴族派トップの公爵。
メイリーンの父、中立派のショカルナ公爵とは政敵に当たり、特に近年、ライカイ宰相の推し進める貴族優遇策に公爵がことごとく反対しており対立が激化していた。
メイリーンは納得するように頷いている。
「やはりライカイ宰相。偽りの証言と噂の出どころは、その一派ですか」
ライカイ宰相が進み出る。
(この女に発言を許すのは危険だ。この断罪劇は中立派の前で、こやつを陥れることに意味がある)
「殿下、罪人にしゃべらせる必要はございませんぞ。証拠隠滅の時間を与えてしまいます。速やかに処断を」
宰相の後押しを受けた王太子は声を張って宣言する。
「この者、メイリーン・ツリョウド・ショカルナ!国の宝たる聖女に対して、つまらぬ嫉妬からの度重なる嫌がらせ!暴言と暴力および金品の搾取!数々の証拠が挙がっている!婚約破棄の上、国外追放を言い渡す!」
ライカイ宰相が続く。
「衛兵、罪人を連行せよ!」
衛兵たちがメイリーンに駆け寄る。
王太子の取り巻き貴族は歓声を上げ、聖女エリカは喜びを隠しきれていない。
戸惑いながらも経緯を見守る中立派の参加者たち。
「まさか、あの大人しいメイリーン様がいじめなど…」
「お優しい方でしたのに…」
「いや!聖女様をいじめるなど!本性が出たんだ!」
「ミセラサ殿下に口ごたえするの見たでしょ!謀反しかねないわ!」
王太子派貴族たちの糾弾が止まらない。
当のメイリーンは狼狽えもせず、王太子をキッと見据えて言い放った。
「本当に馬鹿ですね。出会ったときから見限っておりましたが、やはり潮時です。
あなたも、この王宮も」
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