歩道橋
「歩道橋を、食います」
散々頭をひねった挙句出てきたアイディアがそれかよ、佐倉君。
「ちょっと絵面が地味じゃない? それは」
「じゃあ他にいいアイディアがあるってんですか」
だらだらと続く企画会議ですっかり錯乱した佐倉君はみっともなく声を荒げた。
「いや、ないけどさ」
あまりの形相に気圧されたのか、会議中に発する単語の九割が否定形のマネージャーが珍しく引き下がっている。
この企画はもうおしまいだ。大人気怪獣映画と、食育を理念に掲げる老舗食品メーカーとのコラボCMの制作。これが俺たち広告代理店の企画チームに課せられた課題である。しかし我々はもう何日も、こうしてにっちもさっちもいかない無駄な時間を過ごしていた。
とにかく何も思いつかないのだ。クライアントからの要望は、「あの教育番組でやってるみたいな、へんてこだけどおおーってなるような、かつ子供の想像力を刺激するようなやつ」ときた。そんな珠玉のアイディアを、こんな中小代理店の寄せ集めのごろつきが簡単に思いつけるものか。
「もう一旦このアイディアで行きましょう」
チーフの三原さんが言う。すっかりお手上げの俺たちはただ黙ってそれに従う。
「怪獣がこう、海からザーッと現れて」
佐倉君が両手をガオーの形にして恐竜の真似をする。
「大通りをドドドドーっと来るじゃないですか」
うん。
「で、歩道橋を食べようとして」
「いや、食べれないでしょ、歩道橋は」
マネージャーがまたしても否定する。
「固いし、デカいし。怪獣って人を食いに来てるんだから、公共施設食おうとしても意味ないじゃん」
理論は分かるが、怪獣の目的は明確には明かされていないし、多分人を食う描写はない。
「じゃあ、細かく切ればいいんじゃないですか。レーザービームで」
「切ったって硬くて食えたもんじゃないだろ」
「じゃあ煮るなり焼くなり」
「どうやって料理なんかすんだよ、怪獣が! ええ?」
「海から来てるんだから海水を沸騰させればいいでしょうが!」
錯乱した二人の白熱した議論はこのまま宇宙へ飛び立っていきそうだ。
「あの」
すると、隅っこで黙っていた新人が手を挙げた。
「それそのままCMにしたらいいんじゃないでしょうか」
ギャオオンと日本へ上陸する怪獣。しかし生まれたばかりの怪獣はお腹がペコペコだ!でもこのキリンは硬くて食べられそうにないなあ、そうだ!
レーザービームを巧みに操り次々と建造物を料理に変えていく怪獣のCMは、そこそこ評判が良かったという。
OLとポップコーンとうちわエビ 海屋敷こるり @umiyasiki
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