包帯

「くだものとは、すべて帯であるといえる」


 くるる先輩が言った。


「どちらかというと球ですが」


 どうせ光の速さで言いくるめられてはい論破、と分かり切っていながら、ひねくれ者の先輩の唯一の理解者である私はそう返答した。


 案の定、先輩は嬉しそうな顔で「やれやれワトソン君」みたいな演技をしたので、危うく目の前の林檎を拳で叩き潰しそうになった。できなかったが。


「くだものを」


 一呼吸。勿体ぶるな。


「くだものを、ナイフで剥くとき、くだものは帯になるだろう」

「そうですが。それはただそう見えるようにナイフを入れているだけで、くだものが初めから帯だったわけではないのではないですか」


 シャーロックホームズとその助手には及びもつかないような低IQかつ何の実りのない問答が続く。ワトソン君も、地の文の外ではこんな気分だったのだろうか。いや、彼らの会話は結果として誰かの運命を救っているのだから、まだやりがいがあるというものだろう。


「木彫りの仏像を専門とする彫刻家は、丸太を見ただけで完成形が分かるのだという。彼の求める仏像は初めから木の中にあって、彫刻家はただそれを掘り出す作業をするだけだと言うよ」


 人のうんざりした顔もお構いなしに先輩は自らの頬を撫で擦りながら話す。奇妙な癖だ。自分では気づいていないようで、彼女の頬の一部は化粧がすっかり剥げて、赤くなっている。


「くだものだって同じさ。実ったときから自らの中に帯を内包していることを知っている。ただそれをくるくると引きずり出すのが我々の役目というだけさ」

「そうですか、じゃあ」


 先輩がさっきから、私のおなかの中をめちゃくちゃにかき回して腸をぐるぐると引きずり出しているのは、先輩がそういう役目だからですか。


 先輩の唯一の理解者は私だから、先輩の考えていることをずるずると全部引きずり出してあげるのは私の役目だったのに。先輩が私の腸を全部引きずり出してしまったから聞けなかった。



「君を一目見たときから、君には帯が内包されているのは分かっていた」



 私は先輩を見てももう、その腹の中に何が渦巻いているのかわからない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る