交換日記
「ね、うちら親友じゃん。二人だけで交換日記しようよ」
仲の良いお友達にそう持ち掛けられられるのは、ある年頃の女子にとっては結婚の申し出と等価、もしくはそれ以上であるといえる。
「うん、やろ!」
「絶対途中でやめちゃだめだよ」
「うちらなら絶対中学行っても続けちゃうよね!」
きゃっきゃと浮かれて指切りげんまんをして、その日のうちに近所のスーパーの二階の文房具売り場に集合して、二人の仲を証明するのにふさわしい、ダイヤモンドの指輪より大切なノートを選びに行く。
クラスの誰にも見つからない秘密の場所で、由緒正しき一ページ目に、二人が必ず守らねばならないルールと序文をキラキラのペンで記すのだ。
①まいにちぜったい1ページかくこと
②ぜったいとめないこと!
③さなとみよかいがいのひとはぜったいみないこと
彼らの「ぜったい」はひどく儚い。その小さな唇から発せられた瞬間は、あえて比べるならば日本国憲法よりも絶大な拘束力を帯びているのに、数日も経てば粉雪のごとく消えてなくなる。
ほら、今だって。
一か月前、さなとみよかとは別の二人が「ぜったい、ぜったい」と言って始めた交換ノートは、すっかりはるかの机の引き出しで眠っている。彼女たちは己の発した「ぜったい」どころか、交換日記の存在すらきれいさっぱり忘れ去っている。
数多の乙女の恋の告白と、愚かな悪口、二人だけの真実の友情の証を刻んだ聖なる日記は、ただ黙ってルールを守り続ける。
机の引き出しの奥で。本棚の裏で。押し入れの奥で。交換日記の中身は、「ぜったい」守り抜かれねばならないのだ。
さなとみよか以外の人に、二人の秘密が漏れぬように。完全に忘れ去られた交換日記は、さながら死期を悟った猫のように夜遅くに寝床を抜け出す。
二人の友情が始まった小学校の校庭に辿り着いた交換日記は、桜の木のうろで眠るという。誰にも見つからぬよう、長い年月をかけて朽ちた交換日記は、やがて大木の一部となる。
だから桜は卒業式の日に咲くのだ。少女達が旅立つ日、もう秘密を守り抜く必要がなくなるから、触れれば消える「ぜったい」のように儚く散るのだ。
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