俺が女で姫が男で

エノコモモ

俺が女で姫が男で


『ミハル!ミハル!』


沈む意識の中、声がする。呼び掛けに答えんと、何とか意識を引き上げ、目を開ける。


『ひ、姫…』


全身が痛い。自分の状態もまともに確認できないが、彼女の顔を見て悟る。


(俺は死ぬのか)


普段の彼女からは考えられない、不安げで泣きそうな表情。そんな絶望的な状況の中でも、思わず笑みが溢れてしまった理由はたぶん、身を呈して助けた彼女が無事だったから。


『貴女に仕えられて…俺は幸せでした』


死の間際に得られたのは、途方もない充足感。服従を誓った主人を守って死ねることに対する幸せ。


『…ミハル』


涙を拭いて彼女は言う。


『捜せ。私を必ず。そうすればまた会える』


そう話す彼女には、堂々として迷いがない。キラキラと輝く姿。きっと彼女なら、俺が居なくても大丈夫なんだろう。


『はい…必ず』


それでもやっぱり後悔が残ったのは、そう話す主人が眩しすぎた故に。生きて彼女の活躍を横で支えたかったからだろう。






さて。次に目が覚めた時、俺は現代日本にいた。一般家庭に生まれ、全く関係のない人生が始まったが、記憶は全て持っていた。


これが所謂転生と呼ばれるものであることを知ったのはそのすぐ後。それを理解した俺の行動は早かった。


捜すのだ、彼女を。全てはあの時の約束を果たし、もう一度仕えるため。俺が転生しているなら、彼女だって転生している可能性は高い。俺が記憶を引き継いで転生したことにはきっと意味がある。


しかしながらこの世界は広かった。日本国内はもちろん海外にも捜しに行った。暇があれば街中に出て、必死に捜した。しかし見つからない。あまりに見つからなかった為に、玄関先に張り付いていたカブトムシに「姫…!?」と錯覚したところで、俺は正気に戻った。この地球上でたった一人を探し出すことなど、人間一人の力では到底無理だ。


と言うことで、俺はSNSを活用した。Z(旧Tstter)にて呼び掛けをはじめること2ヶ月。投稿を見て、思い当たる記憶があると名乗りを上げた人物がいたのだ。ネットの力はすごい。


(いよいよだ…!)


渋谷スクランブル交差点付近TATSUYA(現在改修工事中)前。


人がごった返すその場所で、俺はソワソワと落ち着きなく彷徨く。


(緊張する…!)


連絡を取っている相手が姫の生まれ変わりであることは間違いない。俺の前世は地球の歴史上にあった出来事ではなく、異世界の話だ。現代では誰も知らない筈の情報を持っていて、何より文章でのやりとりだけでも感じる。この人物は間違いなく姫だと。


ただ、見た目の話だ。いくら魂が本人だとは言え、どう変貌を遂げているか分からない。そしてそれはお互いに言えること。


(俺はもちろん姫だと分かるとして、姫が俺のことが、分かるかどうか…!)


「ねえ君!」


その声にドキリとする。けれど目の前の光景は、俺の期待とは違った。


「今ヒマなの?」


そこに居たのは二人組の若い男。やっているのは惹かれる他人とお近づきになろうと声をかける行為。つまるところナンパである。彼らはガラスに手をつき、笑顔で俺を見下ろす。


「君かわいいね~!」


そう。何を隠そう。俺は可愛い。大きな目にさらさらの黒髪、小さな顔。現代日本で、とんでもない美少女として生まれ変わってしまった。


(とすれば、姫の転生先は更にすごいことになってる気がするな)


腕を組みうんうん頷く。姫は美人だった。きらきらと輝く金髪に切れ長の瞳、背は高くモデルのような風貌に、男女問わず憧れる者は多かった。


そして前世おっさんだった俺がこの変貌なのだ。姫はさぞや美しく転生しているに違いない。


「友達と待ち合わせ?遊びに行こうよ!」

「他に約束があるから帰れ」


俺の中身は男。そして一世一代の大事な要件の最中だ。当然ナンパ野郎共に興味などない。冷たく返すが、彼らは諦めない。


「そう言わずにさ。そんな大した約束じゃないっしょ」

「あ?」


俺の命より重い姫との用事を軽んじられて、思わず低い声が出る。そのまま手も出るかと思ったところで、不意に視界が暗くなった。


「悪いが私の連れだ」


俺の声よりずっと低い声。


「っ…!」


顔を上げて固まる。簡単に言えば直感のようもの。しかし半ば賭けに近い勘とは明確に違う。魂レベルで響く、確信に近い感情。


「ひ、姫…!?」


だからこんな有り得ない台詞も、声に出して言えるのだ。


ナンパに来た2人組が、そそくさと退散するのが視界の端に映る。ビル風に短髪を靡かせては笑う。


「久しぶりだな、ミハル」


シンドレル王国第22代王女アレンカ・フォン・シンドレル。国の為になるならと、どんな意見でも積極的に取り入れ、実現させてきた。シンドレルは彼女の手によって磐石な国となった。当然、民からの信頼は厚く慕う者が多い。


そして唯一にして無二の、俺の主人である。






「王位は姪子に継がせることになった」


日曜日の店内はガヤガヤと騒がしい。俺は前世の記憶を辿り、該当の人物を口にする。


「姪って言うと…ステラ様ですか?」

「ああ。私が鍛えに鍛えたからな。あれは良い王になるだろう」


姫はそこで言葉を止め、どこか遠くを見るような表情になる。


「私が居なくなった千年先も繁栄できる、頑強な国造りを目指したつもりだ」


その言葉に思い出す。姫はいつだって国の未来を見てきた。全ては自国の民を路頭に迷わせないため。


(今も昔も変わらないな姫は…)


まぶしさに眩む目をしぱしぱさせて、俺は改めて姫を見る。そして前世と今の唯一の違いを口にした。


「まさか、姫がこんなに格好良くなっているとは…」


(てかデケェ…)


涼やかな目元、高い鼻筋。道行く人が振り返る、紛うことなき美形だ。そしてデカイ。とてもデカイ。日本人男性にあるまじき身長に体格。ムキムキである。


元々、姫は真面目だ。前世でも民を守るためと熱心に修練に励んでいた。体質もあったのか、女性の時はあまり見た目には現れなかったが。


「予想外なのは私もだ。ミハルは愛らしいな」


姫はそう言って、俺のことを指す。気恥ずかしさで後頭部を掻きながら、俺は口を開く。


「実は…俺は姫に寄り添うためにこの姿になったんです」


前世。姫のお付きとして、できることは何でもやってきたつもりだ。だが、性別の壁と言うものはいかんともし難い。彼女の気持ちが分からず、歯痒い思いをすることも多かった。


「でも、結局中身は男なんであんまり意味無かったですね」

「変わってないな。ミハル」


くすりと笑う姫を前に、俺は姿勢を正す。神妙な面持ちで先を続けた。


「姫。この世界に転生してから、ずっと言いたかったことがあります」


俺は口にする。どれだけ苦労しても、彼女を捜していた理由。


「俺をまた…お傍に置いてくれますか…?」


たとえ性別が変わったとしても、たとえ王ではなくなったとしても、俺の気持ちは変わらない。彼女を支え、行く先を見届けたい。


しかし姫が同じ気持ちだとは限らない。今と昔では状況が違いすぎる。だから、断られてしまう可能性だって予想してた。


「当然だ」


しかし、俺の不安など消し飛ばすように姫は微笑む。


「ミハル。お前以外考えられない」

「姫…!」


震える俺の前に、華やかなお皿が置かれる。


「パンケーキどうぞ~!」


その声に、今の場所は現代日本であり、更に言えば駅近のお洒落なカフェだったことを思い出す。そして目の前には巨大なホイップクリームの乗ったパンケーキ。


姫が礼を言うと、給仕の女の子はポッと頬を染めて下がる。


(変わらない…!)


前世、姫は甘いものが好きだった。今も表情は変えずに黙々とパンケーキを食べているが、俺には分かる。少しだけ緩んだ頬、浅くなる眉間の皺。現代でも変わらない姫の様子に、俺は感動でうち震える。


(俺の信じた姫のままだ…!)


「ミハル。現代でも、お前には私の全てを知ってほしい。付いてきてくれるか?」

「はい!もちろん何処へでも!」


だから、彼女の提案にも勢いよく返事をした。






「素敵なお住まいですね!」


一等地にあるマンションの一室。室内は簡素で、最低限の家具しかない。自身のことにはあまり気を配らない姫らしい部屋だ。


「前世のようにはいかないがな。これはこれで気に入っている」


言いながら、姫は棚から鍵を取り出す。


「合鍵を渡しておこう」


俺の顔はぱあっと輝く。合鍵を預けられると言うことは、前世と同じく、姫の世話を任せてもらえると言うことだろう。


(定期的に掃除や料理に来よう!姫は服にも無頓着だから、ちょこちょこ買い足して…)


今後の従者計画を立てる途中で、はたと気が付く。俺は控えめに口を開いた。


「あの…差し出がましいことを聞くようですが、恋人は…?」


今の姫は、内面も外面も、あまりにも格好良すぎる。彼にかかれば男も女も虜になるだろう。


そして従者とは言え下手に俺がしゃしゃり出て、恋人との関係に支障が出るなんてことは絶対にあってはならない。


「ああ。運命の人と言う意味ならば会えたな」

「なんと!応援します!」


その瞬間、俺には見えた。姫の結婚式、教会で微笑む幸せな二人の後ろで、ハンカチ片手に感動の涙を流す俺が。夫婦間で行き違いがあれば解決せんと奔走し、彼らが幸せな時にはそっと見守りたい。子供が生まれることがあれば、その成長も見届けられるだろうか。ああ、なんと従者冥利に尽きる人生か。


前世では途中で叶わなくなってしまった夢。彼女の人生を支えていけるなんて。思わず、俺の口からは感嘆のため息が漏れる。


「俺、生まれ変わって幸せです…」

「私もだ」


しかしその瞬間、俺の視界はひっくり返る。何故かソファがぎしりと鳴った。


「ほ…?」


いきなりのことに間抜けな声が出る。俺の後頭部にはクッション。ソファに押し倒されたのだと認識する前に、ひっくり返った視界の中。天井の照明との間に、姫の顔が映る。


「ベッドの方がいいか?」


その言葉といつの間にか暗くなった部屋を見て、今の状況を認識する。そして事態は今もなお進行中で、横たわる俺の体に覆い被さってくるのはデカイ肉体。


「いっ、いや!待って!待ってください姫!」


力の限り彼女を押したが、その分厚い胸板はほんの少しも微動だにせずちょっと震える。俺は慌てて姫に言う。


「俺がちょっと可愛いからっておかしくならないでください!さっき運命の相手がいるって言ってたじゃないですか!」


そうだ。姫とて何も変わらない筈がない。体が男性になってしまったことにより、ふいに性欲に襲われた可能性が高い。だから彼女を正気に戻すために叫んだわけだが、姫は穏やかに笑った。


「ミハル。お前を失って、私は悔やんだ」


言葉と共に、表情が僅かに暗く翳る。


「来世ではお前を守るためにと、私はこの姿を望んだんだ」


語られるのは俺の知らなかった胸の内。彼は真剣な表情で続ける。


「運命が存在するならそれはお前のこと。私のものになってくれ。ミハル」


情熱的な言葉とはにかむような笑顔。その二つの威力はすごかった。俺の頭は一瞬、何も考えられなくなる。


しかし武骨な手が頬に添えられる、その体温で我に返った。


「いっ!いやいや!俺!あくまで中身は男なんで!そういう趣味は無っ」


と言うわけで、この日。俺は姫に心と貞操を奪われた。

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