第9話 関わるな

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 夕食を終え、後片付けをするナツとアキ。

 アキが食器を洗い、ナツが洗った食器をキッチンペーパーで拭いて片付けていた。

 じゃんけんをしてナツが勝った結果だった。


「ねぇ、ナツ」

「んー?」


 食器を洗いながら、アキがナツに話し掛ける。


「今日、学校で噂って聞いた?」

「………」


 “何”に対して言わないのはアキの配慮だった。


「噂って?」


 あくまで知らないていを貫くナツ。


「幽霊」

「知らねぇな」


 アキは食器を洗っていて、ナツは拭き終わった食器を棚へ戻している。

 二人の視線は交わらない。


「あー、もうっ。勿体ぶらないで話すわ。今日、クラスで幽霊の目撃情報の噂を聞いたの」

「ふーん」

「その目撃された幽霊の見た目は黒髪のロングの女性。口の左下に黒子ほくろが3つだったんだって」

「それで?」

「……お姉ちゃんに当てはまってるでしょ」


 食器を洗う手を止め、振り返ってナツを見るアキ。


「その幽霊が姉ちゃんだって? くだらねぇ」

「ナツ!」

「口の左下に黒子ほくろが3つあっただけで姉ちゃんって思うなんて、安直過ぎるだろ」

「だって……」

「お前、分かってんの? 本当にその目撃された幽霊の正体が姉ちゃんだったら……姉ちゃんは死んでることになるんだぞ」

「っ!」


 食器洗いを再開させ、食器を掴むアキの手に力が入る。


「冷静に考えろよ。顔にある黒子の位置とか幽霊がそんなはっきり見えるわけねぇだろ。黒子なんて小さいものが把握出来るなんてどんだけ近くで目撃したんだよって話だ。ましてや目撃場所がカミシロ山付近だなんて」

「それはそうだけど……」

「アキ。お前、まさか……真相を確かめにカミシロ山へ行こうとしてねぇよな?」

「してないよ!」


 ナツの問いに即答するアキ。


「それなら良い。もし、カミシロ山へ行こうとしたら母さんにチクるからな」

「ちょっと止めてよ!」

「オレは絶対カミシロ山なんて行かねぇからな。呪われたくねぇし」

「あたしだってやだよ」

「……あそこ、変な感じして嫌なんだよ」

「ナツはそういうの感じやすいもんね」

「だったら、幽霊が姉ちゃんかもしれないなんて思うんじゃねぇ。この件は関わるな。カミシロ山へは行くな」


 アキへ釘を刺すナツ。


「分かってるよ。……ねぇ、ナツ」

「なに?」

「ナツは……お姉ちゃんは生きてるって思う?」

「生きてる」

「信じてるの?」

「オレらが姉ちゃんが何処かで生きてるって信じないで誰が信じるんだよ」

「…うん、そうだね」


 ナツとアキには6年前に行方不明になった姉・来々美が生存していると信じ続けるしか出来ない。


「てゆーか、ナツ」

「なんだよ」

「やっぱり幽霊の目撃情報の噂聞いてるじゃん」

「知らねぇよ」

「だってあたし、カミシロ山のことなんて一言も言ってないし」

「うるせぇな。佐々木がしつこかったんだよ」

「どの佐々木?」

「佐々木静流しずる

「あー、あの佐々木ね。確かに噂話話すの好きそう」


 佐々木の顔を思い浮かべて、納得するアキ。


「おかげで授業中、余計なこと考えちまった。これ、終わったらもっかい復習しねぇと」

「うげっ! また復習すんの?」

「勉強はやればやるほど結果が見えるから面白い」

「おかしいな。一緒に育って来たのに成績の差が出るのはなんでだろ?」

「お前が勉強をやらな過ぎなんだよ」

「ナツと違って、体育と音楽と美術の成績は良いもん」

「喧嘩売ってんのか。買うぞ?」


 食器の後片付けが終わり、就寝まで各々自由に過ごすナツとアキ。

 これが、二人が過ごした最後の平穏な時間だった。


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