第8話 ひとつの音、ふたつの神社①

 明けて翌日、志島、三崎、柊木の3人は市内を巡るバスに揺られていた。日曜の早い時間、バスの乗客は疎らだった。最後部の座席に陣取る3人は改めて昨日の出来事を思い返していた。

「私たちが得た情報といえば、まず神社ですね」

「胡桃坂さんは、そこで美味しい話を聞いたそうっす」

「そして『テケリリ』という、謎の音を聞いた」

 三崎はタブレットに地図アプリを表示した。『新東京市』それから『神社』と入力し検索した結果、ふたつの地点に目印が付いた。ひとつは『新東京神社』、もうひとつは『天文神社』だった。『新東京神社』は研究施設が多く立ち並ぶエリアの一角にあり、『天文神社』は丘陵地の稜線上にあった。

「この二社のどちらかに胡桃坂あかねを狂気に陥れた原因があるはずだ」

「例によって手分けして調べるのですね」

「と言いたい所だが『天文神社』の立地に問題があってだな」

 三崎はタブレットを拡大した。最寄りのバス停から『天文神社』まで、道らしい道が表示されなかった。

「道がないっすね」

「はっきり言おう。このあたりは割と本格的な山道だ」

「ちょっとしたハイキングですね」

「え~。マジっすか」

「そもそも、おふたりの服装で山道を歩くのは厳しいでしょう。ここは私が行きます。その方が都合もいいでしょう?」

「済まないな、骨を折らせてしまって」

「構いませんって」

「うむ。では私と柊木君は『新東京神社』を調べよう」

「判りました!」

 程なくして、『新東京神社』の最寄りのバス停に到着した。バスを降りる志島と柊木は、残る三崎に別れを告げた。

「それじゃ後はよろしく。明日、委員会室で会おう」

「了解しました」

 三崎を乗せたバスは走り去った。志島と柊木が降り立ったのは、近代的な造りのビルが建ち並ぶ一角だった。オフィスとも住宅とも異なる、意匠の凝った低層ビルが連なっている。新東京市が誇る研究所エリアだった。


「こんな近未来的な地域に神社とはな」

 有名企業や省庁の名を冠する施設を尻目にしばらく歩くと、『新東京神社』は目の前に現れた。玉垣に囲われた境内は鎮守の森を擁しており、鬱蒼と茂る木々が目隠しとなっていた。入口に差し掛かると短い登り階段があり、その先に白木の鳥居があった。その威風堂々とした構えに志島と柊木は思わず背筋が伸びた。とその時だった。

「この度の助力、感謝する」

「こちらこそ。その節は我が部に便宜を図って下さり、誠にありがとうございました。これからもよろしくお願いします、新生徒会長」

「ふん。煽ておって。だが、悪い気はしないな!」

 境内の奥から聞こえてきたのはふたりの男の声だった。志島はその声を耳にするや否や、柊木の腕を取り、一目散に掛けだした。玉垣の影に身を翻すと、階段を降りてくる二人を覗き見た。

「ど、どうしたんすか!」

「しっ! 静かに」

 神社から出てきたのは漫画研究部の藤木戸と生徒会役員の石黒だった。藤木戸は、いかにも尊大な態度の石黒に深々と頭を下げている。石黒は藤木戸を一顧だにせず、再び境内へと戻っていった。藤木戸はしばらくしてから頭を上げ、そそくさと歩き出した。

「奴ら何をしていたんだ」

「こっちに向かって来ますよ」

「大丈夫、藤木戸をやり過ごすことはできる。問題は石黒の方だ。残念ながら私は面が割れている。奴に我々の動きを気取られたら厄介だ」

「それなら、私が行きます!」

「柊木君」

「私は石黒さんに素性がばれていません。きっと警戒されずに調査できるはずです」

 志島は逡巡したが、時間がなかった。そして振り向くや否や柊木を抱きしめた。柊木は何が起きたのか理解できなかったが、志島の肩越しに藤木戸が通り過ぎる様子だけは確認できた。

「まったく、こんな昼間っから……」

 斜に見る藤木戸の目には、神社の影で抱き合うふたりの姿が映っていた。あからさまな悪態をつくと、ふたりが誰であったかなど知気にも留めずに通り過ぎていった。

「……判った。神社の方は君に任せよう」

「は、はい」

 腕を解かれた柊木は高鳴る己が心音を感じながら、ただ志島の横顔を見つめるばかりだった。

「ん? どうかしたか」

「な、何でもないっす。私に任せてください!」

 ふと我に返ると、柊木は大仰に敬礼のポーズをとった。

「くれぐれも無理はするなよ。もし身の危険を感じたら、すぐに逃げるんだ」

 玉垣の影から躍り出ると、柊木は境内の入口へ、志島は藤木戸の後を追った。


 志島はバスの停留停に佇む藤木戸を捉えた。背後からはバスが迫っていた。バスが到着し出発すると、停留所に残されたのは志島と藤木戸のふたりきりだった。志島は藤木戸の手を掴んで離さなかった。

「や、やぁ。誰かと思えば奇遇ですね、こんな所で」

「石黒と何を話していた」

「何ですか藪から棒に。それよりも手を離してくれませんか? まるでボクがやましいことでもしてるみたいじゃないですか」

 志島が手を離すと、藤木戸は握られた手首を頻りに揉んだ。

「果たして本当にそうかな」

「逆にお尋ねしますけど、ボクのどこがやましいというのですか」

「お前は胡桃坂あかねを売った」

「あ、あなたは何か誤解しているようだ」

 藤木戸はポケットからハンカチを取り出すと、額の汗を拭った。志島は掛けたカマに手応えを感じた。

「誤解を解くのは賛成だ。言い分を聞こう」

「ここで話すのも何ですから。場所を変えましょうか」

 藤木戸が向かった先はビルとビルの谷間、壁を這う無数の配管が日光を遮り、昼間でも薄暗い路地裏。行き止まりに設置された自動販売機の前で立ち止まると、背中越しに語り始めた。

「胡桃坂さんは推し活でお金に困っていた。一方の石黒さんは人助けをしたいと思っていた。で、ボクは両者の橋渡しをした、ただそれだけのことですよ」

「ではなぜ、あれほどまで媚びへつらう。お前はいつから石黒の腰巾着になった」

「……見ていたんですね、志島さん」

 藤木戸はゆらりと振り返ると、握り拳を作った。

「ああ。まるで悪代官と御用商人のようだった」

「失敬な! 仮にも先輩なんだから、もう少し敬意を払ったらどうです!」

 それを振りかぶると、背後の自販機を思い切り叩いたのだった。路地裏に大きな音が響き渡った。志島は意に介することなく続けた。

「胡桃坂あかねは正気を失いかけている。石黒は胡桃坂に何をした」

「あなたに何の関係が? 何を嗅ぎ回っているのですか? そうして石黒さんの邪魔をしようというのならボクは許しませんよ。ボクは彼に賭けているんです。彼に次期生徒会長になってもらわないとボクは、ボクは……」

 自販機の青白い光を浴びて、藤木戸の表情は見えなかった。

「私はただ真実を知りたいだけだ。お前達のくだらない贈収賄など興味ない」

「う、うるさい! あなたには学園の力関係を思い知ってもらいましょうか!」

 背後に気配を感じた。なるほど加勢か、志島は無意識のうちにジーンズのポケットに手を伸ばした。背後の気配はふたつの靴音の靴音に変った。三対一、状況は極めて不利だった。

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