第6話 告白
その日『カフェ・レムリア』は満席に近い混み具合だった。着飾ったマダムのグループ、文庫本を読み耽る中年男性、退屈そうな男女のカップル、参考書を開きノートにペンを走らせる若者。店内を流れる軽やかなBGMが客の言葉を打ち消し、賑やかでいて耳障りにならない。それぞれが思い思いの時を過ごす、土曜日の午前だった。
「澤さんの私服、イケてるっすね!」
ロングスカートにニットのカーディガンを合わせローファーを履いた澤の姿に、柊木は目を輝かせた。澤は恥ずかしそうにカーディガンの袖で口元を覆った。
「あ、ありがとうございます。柊木さんも、とってもカッコイイです」
澤の隣に座る柊木はショートパンツにオーバーサイズのジャケットを羽織り、ハイカットのスニーカーといったスポーティな出で立ち。
「イヤイヤ、ソンナコトナイッスヨ!」
口では恐縮しつつも、にやけが止らない柊木。ふたりの向かいには静かにコーヒーを啜る志島。ハイネックのノースリーブにジーンズを合わせ、サイドゴアブーツを履いている。
「三崎君、これまでの調査について話してもらえるかな」
「わかりました。では経過報告から」
話を切り出した三崎はパーカーにチノパン、スニーカーといった格好。没個的だが、この場の空気によく馴染んでいた。ポケットから手帳を取り出し、ページをパラパラとめくった。
「それから私の推理を聞いてもらおうか」
コーヒーカップをソーサーに置くと、志島は澤を見据えた。
志島の推理を一通りを聞いた澤は、アイスティの注がれたグラスただ一点を見つめるばかりだった。
「そんな、つもりではなかったんです。嘘をつくとか、そんなつもりは……」
「別に君を責めているわけではないよ。私はただ真実が知りたいだけだ。それでも君が隠したいというのなら、これ以上詮索はしない。君の求める真実からも遠ざかることになるがね」
「それってつまり」
「胡桃坂あかねは助けられない」
このとき初めて澤は志島の目を見た。
「……それは嫌です」
「では、話してくれるかな。君と彼女との関係について」
澤はこくりと頷くと、小さな声で語り始めた。
「あかねが漫研を訪ねてきたのは、新学期が始まって間もない頃でした。新入生かと思ったら、同級生だったので意外でした。彼女、クラスに居場所がないって言うんです。お察しの通りA組は優等生ばかりで、不良っぽい子も、オタクっぽい子もいません。そんな彼女が息抜きに選んだ場所が漫研でした。私たちはすぐに仲良くなりました。この写真は初めて『いあいあフレンズ』のイベントに行ったときに撮ったものなんです」
澤はバッグからタブレットを取り出し、思い出のツーショット写真を表示した。
「私はイラストを描くのが好きで、創作のために漫研に所属していました」
画面をスワイプすると、澤が描いたイラストが次々と表示された。
「わぁ、とっても上手いっすね」
「ありがとう。でも全然自分の画力には納得できていないの。だから、自分より上手い部員をいつも嫉妬の目で見ていたんです。私、そういう所があって。だから漫研の中で孤立していました」
「そこへ胡桃坂さんが現れたんですね」
「はい。彼女は純粋に作品を楽しむタイプでした。『いあいあフレンズ』に共感してくれた、唯一の存在だったんです。私にとって彼女は本当に心地の良い友達でした」
「心地の良い友達ね」
「……今、考えてみると甘えていただけなのかもしれません」
澤はため息をつき、アイスティを一口飲んだ。
「私にはどうしても叶えたい夢がありました」
「夢?」
「Vtuberになりたかったんです。『いあいあフレンズ』のロミノとエルドみたいに。私がキャラクターを描いて、それを動かして、企画を考えて、ふたりで声を当てて……。でも、それがいけなかったんです」
澤は再びタブレットをスワイプした。そこには二人組のキャラクターと、詳細な設定が書き込まれていた。ロミノとエルドを意識しているのか、描かれていたのは活発そう天使と大人しそうな悪魔の少女のイラストだった。
「素敵な夢じゃないっすか! 何がいけなかったんっすか?」
澤はタブレットの電源を押し、画面をオフにしてしまった。
「絵を動かそうと思っても、動かせなかったんです。フリーズしてしまって」
生徒に支給されたタブレットは文科省の仕様に沿ったもの。そのスペックの低さは、誰もが知るところだった。
「2Dモーフィング・ソフトを使おうとしたんだね。生憎だけど、このタブレットの処理能力では力不足だろう」
「はい。だから私たちは機材を揃えることから始めました。まずはちゃんとしたパソコンとソフトを買おうって」
「でも、どうやって。結構、お高いっすよね」
「私とあかねで貯金を出し合って……」
「それで、目当ての機材は買えたのかな」
志島の芯を食った言葉に澤は絶句した。それでも感情は止らず、口を突いて出たのは破れかぶれの告白だった。
「判ってます。中学生の貯金程度では、どうにもならないことくらい!」
頭を振って語気を荒げる澤に対し、三崎と柊木は唖然とした。だが志島は違った。あくまで冷静に、こう聞いたのだった。
「後悔しているか?」
その一言で澤は我に返った。
「は、はい。……後悔しています。その時の私、本当に嫌な奴でした。親のこととか、自分のこととか、うまくいかない色んなことを全部、あかねに吐き出していたんです。彼女はそんな私を受け止めてくれました。それどころか私の願いを叶えようとさえ、してくれたんです」
「胡桃坂さん、澤さんのために頑張ろうとしたんすね」
「はい。でも、そのせいであかねは……。全部、私が悪いです。本当に最低。彼女に会って謝りたい」
澤は俯き両の手を強く握りしめた。手の甲にはらはらと雫がこぼれ落ちた。
「胡桃坂あかねは、何をしたんだ」
「知りません。あかねのこと、知ろうともしませんでした。でも、ひとつだけ覚えていることがあります。学校に来なくなる数日前に、神社で美味しい話を聞いた、と」
三崎と柊木は顔を見合わせた。
「神社で美味しい話?」
志島は遠くを見るような目つきで、カップに残ったコーヒーを一息に飲み干した。
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