第5話 集合と解散
三崎と柊木は学園の中庭のベンチにいた。その表情は芳しくない。ふたりとも校舎に切り取られた四角い空を眺めていた。遠くからカラスの鳴き声が聞こえてくる。まもなく夕暮れだった。
「三崎先輩。聞き込みって思っていたよりも難しいっすね」
「我々が知っていることしか聞けなかったからね。いや、面目ない」
ふたりは先ほどまで放課後の三年A組に出張ってた。胡桃坂について、生徒たちに聞いて回ったのだった。返ってきた答えはどれも、彼女の印象と彼女の身を案ずる話ばかりだった。漫画研究部に所属している明るくて元気な娘。一週間も休んでクラスメイトは皆心配している。早く元気になって帰ってきて欲しい。男子も女子も、皆一様にただそれだけだった。
「仕方ないっすよ。でも志島先輩に、どう報告しましょう」
「ありのままを伝えよう。彼女なら、そこから何かを見出すかもしれない」
柊木はハッとして、三崎の顔を覗き込んだ。
「それっすよ! 先輩」
「……というと」
「私たちが何を感じたのかを伝えるんすよ。先輩は何を感じましたか?」
なるほど、と三崎は腕を組んで、話を聞いた生徒の顔を思い浮かべた。
「模範的な生徒が多い、と感じたかな。制服はきっちり着ていたし、礼儀正しいし、受け答えもしっかりしていた。だけど、どれも模範回答過ぎて、あまり印象に残らなかった」
「同感っす! 本当に彼女のこと心配しているのか疑いたくなるくらいっす」
「もしかしたら、そういう生徒ばかりが集められたのかもしれない。彼らは模範生で、A組は模範となるように作られた。だから生徒は皆一様なんだ。出る杭は許されないクラス、とも言えるだろうね」
「そんなクラス、私は絶対に無理っす!」
「合わない生徒には、とことん合わないだろうな。胡桃坂さんにとっても恐らくは」
「他クラスの生徒と仲良くなるのも、判る気がするっす」
柊木の言葉を聞いて、三崎は思わず膝を打った。
「A組に馴染めなかったとしたら、胡桃坂さんは三年に進級してから漫研に入ったことにならないかな?」
「その可能性大っすね」
「部活は中一から入るもの、という思い込みのせいで気がつかなかった」
「だとしたら澤さんと胡桃坂さんの関係って、まだ日が浅いことになるっすね」
「ふたりは会って二ヶ月足らずの関係、か」
不意にぐぅ、とお腹が鳴った。三崎が振り向くと、顔を真っ赤にする柊木と視線が合った。三崎は何事もなかったかのように中庭の時計塔に視線を移した。志島との待ち合わせ時間が近づいていた。
「そろそろ行こうか。お腹も空いたし」
「ラ、ラジャッす」
駅前の『カフェ・レムリア』は、街が開発された当初からあるモダンな雰囲気のお店だった。駅から商店街へ至る道すがらにあり、街の喫茶店として繁盛していた。客層は会社員から主婦、高齢者まで多種多様だが、夕方は特に学生の客が多かった。
窓際のテーブル席に、志島と三崎と柊木がいた。志島はコーヒーを飲み、三崎はサンドウィッチ、柊木はナポリタンを食べていた。今日の調査を終えた三人は、ここ『カフェ・レムリア』で進捗を報告し合っていた。
「なるほど。これまでの状況を踏まえると、恐らく澤照美は何かを隠している」
三崎と柊木は食事の手を止め、目を見開いた。
「澤の胡桃坂への思いは、どこか一方的だ。それをあたかも無二の親友のように伝えてきた。あるいは、そうなりたかったのかもしれない」
「澤さんは胡桃坂さんと親友になりたかった……」
「ただの推し活同士じゃ、いけなかったんすかね」
「ふたりはお金について議論していたそうだ。何か目的があって、お金を必要としていたらしい。それは、ふたりのお小遣いでどうにかできるレベルのものではない。澤は胡桃坂に対し、何か金銭が絡むような要求をしたのではないだろうか」
「それが胡桃坂を不登校へ追い詰めた、と?」
「まだ推論の域は出ないがな。加えて、これ以上は本人に聞くほか調べようがない」
ピロリン。不意に三人のタブレットから同時に音が鳴った。『学園アプリ』の着信通知だった。それは調査グループ宛に届いた澤からの連絡だった。
『胡桃坂さんのお母さんから許しを貰いました。本人は会ってくれるか判らないけど、自宅へは行けます。今週の土曜日です。皆さん、ご都合いかがですか?』
三人は顔を見合わせ頷いた。
「行けるっす」
「私も行けます」
「よし。では土曜日は胡桃坂宅へ伺おう」
志島は澤へ返信した。
『了解。志島、三崎、柊木も同行する。君を含めて四人で伺う旨、母上に伝えておいてくれ。訪問時間は午後がいい。それから胡桃坂宅へ行く前に、君と少し話したいことがある。時間あるかな?』
ほどなくして返信が届いた。
『判りました。そのように伝えます。私のほうは時間、大丈夫です』
『では、午前十一時にカフェ・レムリアで会おう』
『駅前の喫茶店ですね。かしこまりました!』
澤と会う算段をつけ、その日は解散となった。
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