第4話 調査開始
明くる日の放課後から調査が始まった。三人はソファに着き、調査の指針について議論していた。
「まずは澤照美の言葉の検証からだな」
「彼女の言葉に疑いの余地はあるのでしょうか? 嘘をついているようには思えないのですが」
「疑う、というよりも物事を多面的に捉えたいのさ。澤照美の言葉からは物事の一面しか見えてこない。違う確度から光を当てることで、異なる側面が見えてくるかもしれないだろう?」
「なるほどっす!」
柊木は手に持ったタブレットを倒したり傾けたりして、それが時に線に見えたり面に見えたりする様をまじまじと眺めた。
「とすると聞き込み調査、でしょうか」
「そうだな。胡桃坂が所属する三年A組と漫画研究部。それぞれを二手に分れて調査しをしよう。三崎君と柊木君はA組を頼む。漫研は私が当たろう」
「了解っす!」
そう言って立ち上がる柊木を、志島はやにわに引き留めた。
「と、その前にひとつ聞きたいのだが……」
志島が思案顔で尋ねたのは『いあいあフレンズ』についてだった。
「先輩! 『いあいあフレンズ』に興味があるんですか!」
「ちょっと気になってな。だが、詳しいことは何一つ知らない」
「……VTuberらしいですよ。邪悪な神様がモチーフで、視聴者を
三崎はタブレットを示し『いあいあフレンズ』の検索結果を見せた。それは可愛らしさとグロテスクさが絶妙なバランスで噛み合った女性二人組ユニットだった。
「このふたり、人気なのか?」
「人気というか密やかに盛り上がっている、って感じっすね。ちなみに、こっちの元気な娘がエルドちゃんで、こっちのおとなしそうな娘がロミノちゃんです。先輩はどっちの娘がタイプですか? 今度一緒に配信観ましょうよ!」
「……ああ、考えておくよ」
エルドとロミノ、澤と胡桃坂。バーチャルとリアルを繋ぐ『いあいあフレンズ』という事象を目の当たりにしたとき、喉に刺さった小骨のように志島の心に何かが引っ掛かった。
高校棟、二年二組。教室の扉を開けると、ひとりの小男が待ち構えていた。なで付けられた髪、薄い目鼻立ち、卵のようにきめの細かい肌。まるで平安貴族のような風貌の男は、漫画研究部の副部長、
「やぁ。久しぶりですね、志島さん」
「元気そうだな。今のクラスではうまくやっているか」
「ええ、お陰様で。って、わざわざ世間話をしに来たわけでもないんでしょう。今日はボクにどんなご用で?」
「相談したいことがある」
「あなたには借りがありますからね。ボクで良ければ相談に乗りますよ」
志島は藤木戸が言い終わる前にずかずかと教室に入り、空いていた誰かの席に腰を下ろした。放課後の教室には幾人かの生徒がいた。生徒らはふたりを一瞥したが、すぐに興味をなくして、それぞれの雑談に戻っていった。
「では前置きは省いて本題に入らせて貰おうか」
藤木戸が馴れ馴れしくするのを見越して志島は言い放った。おたくの部員について話を聞きたい、と。
「……その話ですか」
藤木戸の表情が曇った。
「胡桃坂あかね、という部員がいるだろう」
「え、ええ。彼女は今、長期休養中ですね、はい」
「なぜだ」
「なぜだ、言われましても。何も知りませんよ、ボクは」
「副部長じゃないのか、お前。何も知らないわけないだろう」
「ちょっと待って下さいよ。うちに何か問題があって、彼女が病んだとでも言いたいんですか」
「……病んだ、か。やはり胡桃坂は心理的に追い詰められていたようだな」
藤木戸はハッとして口に手を当てた。
「志島さん、困りますよ。これでもボク、次期部長の最有力候補なんですよ。あらぬ噂を立てられてハシゴを外されたらたまったもんじゃないですって」
志島は哀れむような目つきで言った。
「だったら、もう少し素直になったらどうだ。胡桃坂あかねはどんな部員だった」
藤木戸はしぶしぶ言葉を継いでいった。
「……彼女は、一言でいうのなら今時のオタク、ですかね」
「今時のオタク?」
「かつてのオタクと比べて、何かを創造したい、知識を増やしたい、って意欲を感じないんですよ。ただひたすらに推し活。好きなキャラを応援したい、応援を通じてファン同士で群れていたい、それだけって感じですかね。別に悪口を言いたいわけじゃないんだけど、ボクからしたら軽くて浅いって感じちゃうんですよね。これも時代かなぁ」
「胡桃坂は誰かと群れていたのか?」
「ボクの知る限り彼女と繋がっていたのはひとりだけ。同級生の澤さんだけですね。ふたりは『いあいあフレンズ』を推していたのだけど、知ってますか?」
「二人組のVTuberだろ」
「そう、詳しいですね。実はボクもつい最近知ったばかりでして、このふたり女子中高生の間で密かな人気がありましてね。そんな『いあいあフレンズ』の沼に胡桃坂さんを引きずり込んだのが、澤さんらしいんですよ」
「澤照美が……」
「布教って言うのかな。その熱意が半端なくて。彼女、どちらかというと引っ込み思案な性格なんだけど『いあいあフレンズ』の話題になった途端、ものすごい饒舌になるんですよ。澤さんの熱意に押されたら、沼にハマるのも無理ないでしょうね。胡桃坂さん、なんとなく押しに弱そうだし」
「なるほど。ちなみに推し活って何をするものなんだ」
「ライブ配信を見て、応援することじゃないのかなぁ。あとはグッズを買ったり、イベントに参加したり。詳しくは澤さんに聞いたほうがいいですよ。まぁ、傍から見たら微笑ましかったですけどね」
「微笑ましい? どういうことだ」
藤木戸は何かを思い出したかのように顎を撫で、口角を上げた。
「推し活ってお金が掛かるわけですよ。ふたりがお小遣いの使い道を真剣に議論しているのを立ち聞いてしまいましてね。その真剣さが、まるで昔の自分を見ているようで。ボクがこんな気持ちになるなんて、ふふ。これも時代かな……」
ひとり悦に入る藤木戸の言葉を遮るかのように志島は立ち上がった。
「ど、どうしました? ボク、何か気に障ること言ったかな」
『いあいあフレンズ』の推し活。主導権を握っていたのは澤だった。澤と胡桃坂は金に悩んでいた。違う確度から光を当てたとき、言葉の影に異形が潜むのを志島は感じた。
「いや、いいんだ。ありがとう。助かったよ」
藤木戸の訝しむような目線を意にも介さず、志島は教室を後にした。
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