第3話 初めての依頼

「これぞ我が委員会の新たな方針。題して『生徒お助け作戦』だ。何か質問は?」

 志島が自信たっぷりに言い放つと、柊木は目をきらきらと輝かせた。一方の三崎は恐る恐る手を挙げた。

「しかし、これでは体よく便利屋としてあしらわれてしまうのでは」

「我々の存在意義を示すには生徒の心を掴む必要がある。その目的は悩める生徒を救うことであり、無償奉仕ではない。人手が足りないから応援にゆく、などといった短絡的な話ではないさ。それに単に社会奉仕という分野で括るのならば、強力なライバルがいるしな」

「この街のお年寄り、めちゃ元気っすからね」

「ライバルはシルバー人材センターですか」

「早朝の清掃活動、草刈り、地域の見回り、各種イベントのスタッフ要員……。時間や人員からして、お株を奪えるような相手ではない。彼らと競合してまで、我々がそれをやる意義は薄い」

「では今のところは……」

「最新の『つばさ』、今日出たばかりっすもんね」

「果報は寝て待て、という言葉の通りさ。依頼が来るまでしばし待とうじゃないか」

 そういうと志島はごろりと横になった。三崎と柊木はやれやれと肩をすぼめ、封筒を切る作業を開始した。


 放課後のうららかな時の中、三崎と柊木は二袋分の作業を終えようとしていた。日も傾き始め、そろそろ今日の活動を終える頃合いだった。不意に鉄の扉をノックする音が響いた。小さく四回。うたた寝から目を醒ました志島が、伸びをしながら言った。

「開いている。入りたまえ」

「……失礼、します」

 おずおずと扉を開けるのは、メガネを掛けたお下げ髪の生徒だった。柊木が不意に声を上げる。

「澤さん?!」

「柊木さん」

「先輩、紹介します。クラスメイトの澤さんです」

 柊木が駆け寄ると、緊張した面持ちのまま澤は会釈をした。手には学校誌『つばさ』が握られていた。

「こちらは会長の志島先輩と三崎先輩っす。今日は……もしかして」

 柊木が覗き込むと、澤はこくりと頷いた。

「中学部三年C組、澤照美さわてるみです。今日は皆さんに相談したいことがありまして」

「話を伺いましょう。さぁ掛けたまえ」

 志島に促されて、肩に掛けていたスクールバッグを下ろし、澤はソファに腰を下ろした。スクールバッグにはキャラクターの缶バッジが着けられていた。

「よろしくお願いします」

 澤の面持ちは深刻そのものだった。挨拶を経て、ボランティア委員会を訪れるまでの経緯を話した。『つばさ』の記事を読んだ後、柊木のことを思い出したという。柊木と澤は同じクラスメイトだが、友人という間柄ではなかった。柊木は委員会に、澤は部活動にコミュニティを持っていた。両者の関係はクラスメイトそれ以上でもそれ以下でもなかった。それほど親しい関係でもない柊木を頼り、澤はこの部屋を訪れた。そんな澤に、柊木は前のめりになった。

「なんでも相談して下さいっす!」

「は、はい。この写真を見て欲しいのですが……」

 澤はスクールバッグの中から一台のタブレットPCを取り出した。学園から生徒ひとりひとりに支給される、主に学習に用いるものだった。写真のアイコンをタップし、一枚の画像を表示する。それは澤ともうひとりの生徒によるツーショット写真だった。

「彼女は私と同じ部活に所属する、胡桃坂くるみざかあかねさんです。私たちは漫画研究部に所属しています」

 胡桃坂は癖のある栗毛の髪を肩の辺りまで伸ばした活発そうな雰囲気の少女だった。部室で撮った写真だろうか。胡桃坂のスクールバッグには澤と同じく、キャラクターの缶バッジが着けられている。

「ふたりとも『いあいあフレンズ』が好きなんすね」

 柊木が缶バッジのキャラクターについて言及すると、胡桃坂は何度も深く頷いた。

「はい! 私たち『いあいあフレンズ』の推し活で意気投合して、一緒に遊ぶようになったんです。そんな胡桃坂さんが一週間前から学校に来なくなってしまって、そのことが心配で、心配で……」

「理由は聞いているのかい」

「先生からは体調が優れないため、と聞いています」

「……何やら胡乱だな。生徒同士のトラブルの可能性は?」

 志島が慎重に尋ねると、澤は頭を振った。

「私の知る限り、彼女のクラスは平和そのものでした。それに、もしトラブルが起きたら、私に相談があるはずです。彼女とは『学園アプリ』で繋がっているので」

 それは支給されたタブレットPCにインストールされたチャットツールだった。澤が『学園アプリ』の履歴を追うと、胡桃坂とのやり取りは一週間前を最後に途絶えている。その後は澤が一方的に呼びかけるばかりで、既読が付くことはなかった。

「胡桃坂さんとは連絡は取れないけど、自宅には居るんですよね」

 不穏の影を読み取った三崎がすかさず尋ねた。

「はい。部屋に引きこもって、一歩も外に出ないそうです」

「クラスでないとしたら、家庭に問題があるのかな?」

「それは判らないです……。胡桃坂さんの家に遊びに行ったことはあって、ご両親にお会いしたことあります。ふたりとも普通のお父さん、お母さんといった感じで、問題を抱えているような印象はなかったです……」

「大体の事情は分った。それで君は我々にどうして欲しい?」

 澤は真剣な眼差しで、志島をじっと見つめた。

「はい。胡桃坂さんの引きこもりの原因を突き止めて欲しいです! 原因が判れば、あとは私がフォローして学校に来させます! 彼女は私にとって大切な存在なので」

 志島は腕を組み、目を瞑り、考える素振りをした後、おもむろに目を見開いた。

「よろしい。では依頼を引き受けよう」

 志島が差し出した右手を、澤は両の手でがっしりと掴んだ。

「ありがとうございます!」

 こうしてボランティア委員会初の『生徒お助け作戦』が始まった。今回のミッションは、胡桃坂あかねの引きこもりの原因を突き止めること。依頼人の澤の表情は、だいぶ和らいでいた。ひとり抱えていたものをやっと吐き出せたといった様子だった。志島は『学園アプリ』内にグループを作り四名をメンバーに加えた。

「君にひとつ頼みがあるのだが」

 別れ際、志島は澤に頼み事をした。胡桃坂の自宅を訪ねられないか、両親に交渉して欲しいというものだった。澤は「やってみます」と言い、一礼し、それから部屋を後にした。

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