第2話 委員会の危機
「ただ今、戻りました!」
そこは天井の高い、真四角の部屋だった。広さは教室の四分の一ほど。向正面に小さな窓があり、ほの暗い部屋に午後の日差しを落としている。左手には古めかしい鉄製のラックが並び、段ボール箱が雑然と押し込められている。右手には年季の入った応接用のソファとローテーブルのセット。窓を背にする配置で、やはり年季の入った事務椅子と事務机があった。
「ご苦労様、三崎君。報酬は冷凍庫の中だ」
「当番の仕事をしただけなのに報酬だなんて」
「それがウチのルールなのだから、当然の権利だよ」
「お疲れ様っす、先輩」
事務机で作業をしていた小柄な女子生徒、
「おまちどうさま、なつきちゃん」
「わぁ~。大漁っすね!」
三崎は柊木に紙袋を手渡すと、窓を開けた。この部屋にエアコンは備わっていなかった。三崎は窓から吹き込む冷涼な空気を受け、息を整えた。
「柊木君、そちらの進捗はどうかな?」
志島の問い掛けに、柊木はワンレングスのショートヘアを嬉しそうに振った。
「これなら目標達成できそうっす!」
「よろしい。では引き続き頼むよ」
柊木が袋の中身を取り出したのは、使い古された大量の封筒だった。消印の押された切手は愛好家にとって価値のあるもだった。ボランティア委員会はそれらを愛好家に販売し、売上をユニセフに寄付していた。
「報酬を受け取りたまえ、三崎君」
志島は身体を起こし、ソファ脇の冷蔵庫の中からラクトアイスを取り出すと、三崎に差し出した。
「あ、ありがとうございます」
三崎はパッケージを開けるなり、冷気に包まれたアイスに齧り付いた。
「先輩に伝えたいことがありまして。さっき職員室で起きた出来事なんですが」
ようやく心拍が収まり、三崎は志島の向かいのソファに腰を下ろした。
「私は君の先輩ではないぞ。歳はひとつ上だが、君と同じ高一だ」
長い手足を思い切り伸ばし、眠りから覚めた狼のように大きな欠伸をすると、志島は気だるげにルフカットの髪をかき上げた。およそ女子生徒とは思えない野性味溢れる仕草に、三崎は志島の経歴について改めて思った。歳は上だが同学年。つまり志島は留年をしていた。生まれつき身体が弱く、病の治療のため1年間の休学を余儀なくされたという。彼女の仕草からは、そんな過去すらも欠伸に変えてしまうような闊達さが伺えた。三崎は咄嗟に「ごめん」と言う他に何もできなかった。そんな三崎に対し、志島は薄く笑った。
「構わないよ。……それで、出来事とは何かな」
「職員室で生徒会の石黒さんに会いましてね」
「あの角刈りメガネか」
「最近のボランティア委員会の活動実績が芳しくない、とのことで。このまま何の実績も出せなければ委員会を廃止し、その機能を生徒会が引き継ぐ、と」
「それは困るっす!」
柊木は封筒から切手を切り離す作業を止めて、ソファにじり寄った。
「石黒の奴、言ってくれるじゃないか。それで、どんな条件を出したんだ」
「ボランティア委員会として全校生徒に示しがつくような成果を上げて見せろ、とのことです……」
「それは横暴っすよ。私たち地味だけど、ちゃんと活動しているじゃないっすか」
「……石黒は次期生徒会長の座を狙ってたよな。恐らく、そういうことじゃないか」
「というと」
「成果を上げたいのは石黒自身なんだよ。大方、自分がどれだけ社会貢献したか生徒にアピールしたいのだろう。その材料を得るために、我々を潰そうとしているのさ」
「そんな。生徒会長選挙のために私たち……」
志島はおもむろに足を組み、ソファに深く座り直すと、悲愴な面持ちの柊木に視線を向けた。
「なくなると、なぜ困る?」
柊木は視線を落としたままぽつり、ぽつりと言葉した。
「……私、中三にもなって、未だに学校に馴染めてなくて、部活にも入ってないから居場所がなくて。でも今年から委員会に参加できるから、それで居場所を探していて。そしたら、ここが一番居心地良くて。だから、ここは大事な場所。なくなるのはとても困るっす」
「うむ。わかった」
よしよしと柊木の頭を撫でると、志島は次いで三崎に視線を向けた。
「君の場合はどうかな?」
「私も困りますね。この学園の空気は洗練されすぎている。生徒同士は仕事の付き合いみたいな雰囲気で、学生らしい砕けた感じがないんですよ。私は高校から入学した部外生だけど、未だに在来生とは馴染めずにいます。ここは、そんな私にとって唯一心安らげる場所です」
「この学園は中学の三年間で人間関係が出来上がってしまう。『生徒自治権』の影響力が強すぎるせいだ。生徒は何かと派閥を作りたがる。その方が利害を調整しやすいからな。結果、仲間それ以外は他人といった構図に陥りがちだ。だが、その歪さには誰も気がつかない。まさに『生徒自治権』の負の側面だよ」
志島はブレザーのフラワーホールに光るバッジを撫でた。先代から引き継いだ委員長を示すバッジだった。
「確かに、派閥のせいで苦しんでいる生徒はいますね」
「そんな生徒を、私は救いたいのさ。政争の具などにされてたまるか。ボランティア委員会は我々のものだ」
その言葉を聞いた柊木は顔を上げ目を輝かせ、三崎は思わず膝を打った。
「志島先輩!」
「なにか策はあるのですか?」
「なに、もう手は打ってあるさ」
志島はソファに放っていた学校誌『つばさ』をテーブルに広げ、指さした。それは広告欄だった。三崎と柊木は同時に顔を見合わせ、そして声を上げた。
「あなたのお悩み、何でも解決。今すぐボランティア委員会にご相談ください?!」
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