四話 微妙な魔術の習い方 3
トレントとは、何だったか。俺もRPGで見たような気がするが、敵であることしか薄ぼんやりと思い出せる程度の認識だ。知識などあろうはずもない。
しかし、割とメジャーな魔物らしく、ムーユエが語った。
「樹木の魔物です。自立歩行をします。行動速度は遅いですが、基本的に強靭なのです。土属性の魔術や自分の体を振り回して攻撃します。まぁ、振り回しは頑強な上に質量も半端ではないので、喰らったら鎧でも着てない限りお陀仏ですね。危険度はB。しかし、ヌシということで恐らくB+でしょう。ひと際巨大で、強大な相手です。有効攻撃は、斧で何度か攻撃を与えて体積を減らしてへし折るか、炎の魔術で燃やすかの二択になるでしょう。それ以外の攻撃はあまり効きません」
ということらしいのだが。
ファーミは前線で騎士の統率をするらしい。ヌシトレントに乗じてかなりの魔物が王都の道を移動しているそうな。アスカちゃんもそれについていった。
俺とリューアとムーユエ、ウィンはギルドに登録しているからだと駆り出されている。街にいる冒険者が全員招集らしく、俺もドナドナされてきた。
「ほー、でけー」
トレントのヌシは十メートルはありそうな樹木だった。魔術師は風の魔術で対応しているが……
「ムーユエ、なんであいつら何で炎を使わないんだ?」
「術者がいないからでしょう。ほら、北のグリフォン征伐に炎の魔術師隊が送り出されているのは聞いているでしょう? グリフォンの弱点も、同じく炎なのです。恐らく、呼びに戻っているでしょうが……この進行速度では、間に合うかどうか」
「……俺、帰っていい?」
「ダメです。炎の魔術を一応使えるじゃないですか」
「あんなの無理無理。飛ばないもん」
「最低限、仕事するんだよな?」
約束。そうだ、ウィンと約束していた。最低限、働く。
でもどうすればいい。俺のファイアーボールは火力こそあるが至近距離でも減衰する。致命的に。それは本当に決定打にはならない。
なら……どうするか。
簡単だ。火を飛ばせないなら工夫するしかない。
「よし。ちと燃やしてくる」
「手伝いはいるか?」
「いらね。燃やすから、後は切るなりなんなりしてくれ」
俺は駆けだした。トレントを囲んでいた騎士をすり抜け、あっという間に肉薄する。
「ファイアーボール……装填!」
魔術を発動し、剣――刀身に、留めておく。
俺と直で繋がっているため、魔力を絶やさない限り、その炎は燃え続ける。
足に光力を込め、跳躍した。聳えると言った方が良いトレントのはるか上――枝分かれし、茂っている部分へ迫る。そのトレントの上の茂みへ、炎剣を振るった。あっという間に枝葉に燃え移り、火の海地獄になる。飛び降り様に魔力を集中。上から下へ、風の刃で表面を切り裂き、炎の刀身で空洞の中に最大火力で爆発を引き起こした。そのままバックステップを連続して、パッパッパッと距離を取る。ひー、あっつ!
しかし、効果は覿面だろう。あっという間にトレントは火だるまになり、燃えていった。動きもあからさまに鈍っている。そこに風の魔術が殺到した。風は炎の勢いを強め、赤々とトレントは燃え盛っていた。俺の肩に手を置いたウィンを始め、火を恐れない冒険者や騎士達がここぞとばかりに重量級武器でトレントを撲殺していき、討伐というか、解体のようになったそれを見届ける。バキバキだ。木の亡骸から大型の魔石が取り出され、周囲の魔物も散り散りになり、騎士達が追っていった。亡骸をよく見れば、爆ぜた栗の実が転がっているのに気付く。これは栗の木だったか。
周囲の騎士が俺を見て怪訝そうな顔をしていた。うん、突然何なんだよ誰なんだよお前って感じ。よく分かるけどもね。俺だって行きたくて行ったんじゃねえよ。
「ユウヤ様ー!」
ファーミが手を振って近づいてきた。周囲の騎士が思わず敬礼をとる中、ファーミはこちらの手を取ってブンブン振って来た。
「さすがです! 炎の魔術でエンチャントだなんて、いつの間にそんな技を!? 凄い凄い! さすがはユウヤ様です!」
「せやろ! もっと褒めて!」
「カッコいいです! いよっ、英雄! イケメンですユウヤ様!」
「なっはっはっは!」
「えーっと……女王陛下、彼は……?」
兵士の一人だろうか、俺を指さし首を傾げる彼にファーミの傍に控えていたアスカちゃんが説明をしてくれる。
「あー、お主は知らないのでありますか。姫様の懸想なさっている相手です。ユウヤ・オコノギ。冒険者になって歴こそ浅いが、B級のレインボースライムを一人で倒す手練れですぞ」
「いやアスカちゃん、俺は最低限の働きをしただけだから。火をつけただけ」
「いえ、此度の働きは見事でしたぞ! 丁度土系の魔術が止んだときを見計らって飛び込み、文字通り火をつけた。さすがですぞ! ただあんなことができるなら最初からやってほしいであります」
「俺の発想を褒めてくれよ。ファイアーボールを剣に纏わせて留める。ケッコーしんどいんだぞ……あー、甘いもん食いてえ」
挙句に光力を同時並行で足に込めたもんだからもう。難易度は高かった。魔力が切れるとどうしても甘いものが欲しくなる。光力が体力と結びつきエネルギーになるのに対し、魔力は精神力とリンクしていると聞く。その影響だろうか。
さておき、ムーユエが驚いた様子でこちらに駆け寄ってきた。
「高等魔術、属性付与……どうやって? 魔術はそこに留めておく方が倍難しいのですよ?」
「俺はぶっ放す方が難しかったぞ。向き不向きがあるんじゃね? 実際――ファイアーボール!」
魔力の使い過ぎで残弾数一発となったファイアーボールを放つ。やはり一メートルも行かないうちに種火になってしまい、消え失せてしまった。俺はその結果を見て、ムーユエに向き直って肩を竦めた。
「ほら。遠くに結実できなくてさ」
「うーん……セオリーが通用しないところも貴方らしいといえば、らしいのですか」
ムーユエは苦笑した。ふと見せたのだろうその笑みは、思わず俺の心臓を高鳴らせた。この子、普通にしてりゃ可愛くて綺麗なんだもん。苦笑でもこんなにも可愛いのか。
「どうかしたのですか?」
「いや。なんでもねえ」
視線を逸らす俺と首をかしげるムーユエ。そこにファーミが割り込んでくる。
「ユウヤ様! 魔石を贈呈したいと騎士の皆さんが!」
「あー、ファーミの国で売ってくれ。損害も出ただろうし、俺達はギルドの報酬で充分だから」
というか、メッチャ出るだろ。金貨一枚は硬いね。過分に金を持ち過ぎたら、ムーユエに管理されそうだし、ほどほどに。
「! ありがとうございます! ……聞いていたか! その魔石は然るべき商人に売却し、国費に充てる! ギルドに支払う報酬を除き、騎士ほぼ全員が怪我無く終わった。残りは実行部隊の騎士の特別給与となる! 丁重に運べ!」
「はっ!」
騎士をあっちゅーまに統率し、返し終えて、ファーミは俺達のところに戻って来た。
「えへへっ、さあ、とりあえず酒場まで行きましょー!」
ファーミを筆頭に冒険者達も酒場に戻っていく。
そんな中、ウィンは俺の隣に並び、肩をポンと叩く。
「お疲れ。お前の周囲の女の子、癖強過ぎじゃね?」
「まぁ、可愛いからオッケーです!」
「相変わらず狂人というか適当というか。そう言うの好きだぜ」
ウィンは笑いながら冒険者達の背を追う。俺とムーユエも無言で頷き合い、帰路に就くのだった。
ヌシのトレントの報酬は、参加した全十三ギルドで山分けされ、俺達には金貨六枚が入って来た。活躍を見て、金貨四枚が俺への報酬となり、俺はその金で小さな宴を開いた。あわよくば、酔わせてお持ち帰りなんてことを考えていたのだが、無駄なたくらみだった。
ムーユエは酒を飲まない。ファーミは飲むが酔わない。アスカちゃんは飲まない。リューアも飲むけどひたすらに絡んでくるだけ。ウィンは酔ったって俺にどうしろと。
「ねー? 聞いてるー?」
「聞いてる聞いてる」
芋のフライを食べながら、ただリューアの話に相槌を打つ作業。会話内容も支離滅裂だ。可愛い猫の話になったかと思えば、好きな食べ物の話とか、気に入らない商売敵の話になったりとか。
こうして、この国に俺の名前がそれなりに知れてしまうのだった。
声を掛けられる頻度が上がって凄くめんどくさい。
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