四話 微妙な魔術の習い方 2
ウェーランド王国。
精強で柔軟な考えの優秀な騎士が数多く輩出され、居つく、理想国家とも呼ばれている。こと外交で威光を発揮していたのはファーミだったらしく、その年にしては何かが宿っているともされている統率力と交渉術は他国からは魔女や狸として知れ渡っている……らしい。
では、国内では、と視点を変えてみると。こちらはファーミはそれはそれは恐れられており、孤高にして鉄壁、冷血にして冷徹になり、理を尊び無駄を忌む完全合理主義の女王と化している。
というのを、聞いてはいたけど、半信半疑だった。
いざ目の前で繰り広げる光景をみるまでは。
「グルン、報告が遅い。シェベール、なんだこの情けない数字は。あそこは貯蔵が多い、足元を見られているぞ。どうせ他に売る宛などないのだ、理解したのならば即刻改善せよ。ジュリアンナ、貴様なんだこの貴族の弔い費用とやらは。生きている者に金を掛けろ、死んだ後に金を包まんでいい、花でも贈っておけ。次にこの行いを貴族に許したら貴様の首がトブと思え。何? 西のシャンバールが姫にこっちを見分させたいだと? 賓客としてもてなせとでも言っているのか? 公に国が受け入れることはないが、一般人として街を見る程度なら許可すると伝えておけ。過度な小隊でも付けようものなら国の領域侵犯として戦争と見なす、という文言も忘れるな」
いざ目の前でファーミがそう捌くのを、俺とムーユエ、リューアがポカンと口を開けて眺めていた。あの人懐っこくて愛らしいファーミが、今は別人に見える。
そして、可哀想なくらい怯えている、銀髪の少年がそわそわしていた。多分弟だろう。
「クライネル!」
「は、はいぃぃぃぃ!」
叱責のような、響くような怒気のある声だ。ファーミが絶対出さない類の。ビリビリと窓ガラスが揺れている。こっわ。ファーミこっわ。
で、可哀想な弟君だが、どうやらクライネル君というらしい。
「貴様、王として何をしていた! 王とは、尊厳で、厳格で、格式高い存在として、文字通り君臨せねばならん。家臣に舐められすぎだ、何だその弱々しさは! やはり親族だからと王権を譲るのはさすがに無茶があったか? 何か言え、クライネル!」
「す、すみません、姉様……!」
「貴様は心優しいがゆえに王には向かん。しかし、お前が継ぐしかないのだぞ! 我はもう一生を添い遂げる相手を見つけた。今度は貴様が国を背負って立つのだ。貴様がその上物の服を着て、欠かさず食事を安穏と得られているのは民のおかげだ! 民を守ることこそ王である貴様の最低限の務めだ! それだけは守れるよう、諸々に気を付けよ! 貴様は生まれた時から王族なのだ。民に求められる、理想の王になれ。小言を言われたくなければさっさと一人前になれ!」
「は、はいぃぃぃっ! で、で……姉様、そちらのお三方は……?」
相当気になっていたのか、クライネル君は俺達を手のひらで示した。ファーミが一瞬言葉に詰まる。
「むっ、紹介がまだであったか。あちらに君臨なさっていらっしゃるのが、我が一生をかけて尽くすと決めたユウヤ様だ。そして、女神のジョブのムーユエ殿、ユウヤ様の側室となられるリューア殿だ。ユウヤ様、どうか我が愚弟に挨拶を」
と言われても。とりあえず、ファーミの弟だし、仲良くなっておこう。
「あー、クライネル君? 君のお姉さん可愛いねぐへへ」
「す、すごい……! 女王モードの姉様を見ても全然怯んでない!? ぐへへは気になるけどなんてメンタルの持ち主なんだ……!」
「にしてもクインスってすごい広いんだなあ。街並みも綺麗だし、気に入っちゃったよ」
三階にある王の執務室から見える街並みは、とても美しかった。白い石で出来た家々が並び、水路が巡っている。その中で大よそ十字に街中へ運河が流れており、美しい青を誇っていた。陽光を受けて煌めく水面はまるで宝石のようで、なんだがとてもいい旅な感じ。修学旅行で行った沖縄を思い出す青さだ。いや、気温は大分寒いんだけどね。ムーユエの話ではこれから厳寒期というものを迎えるそうで、ファーミによれば雪も積もるそう。
ちなみに、俺達の拠点の街レガリアからクインスまでは、馬車で三日という具合だ。
その感想を述べると、クライネル君は嬉しそうに頷いていた。
「凄く綺麗な街ですよね! 僕も一般民としてシャンバールやハガーヤに行ったことあるんですけど、やっぱりクインスの美しさには負けますよね! 僕も立派な王様になって、この国を支える人間の一人でいたいです!」
「ならばこんなくだらない報告を我に聞かせるな」
「す、すみません、姉様……」
「ファーミ、ちょっと厳しすぎるんじゃない?」
「ユウヤ様、身内に甘くしては、堕落に繋がります。こればかりは譲れません」
「いーんじゃね? ファーミがそれでいいんなら。用事はこんだけ?」
「はい。叱咤するべきところは既に済ませています。ならばクインスに用はありません。レガリアに戻りましょうか」
切り替わるまで時間がかかるのか、いつものファーミの口調だったが女王の時のように落ち着いている。
「そ・の・ま・え・に。ファーミは女王だからクインスのいい場所いっぱい知ってるんだろ? 案内してくれない? 観光もせずに直帰はなんだか微妙だしさー」
「す、すごい、この男……! あの姉様に向かって臆するどころか馴れ馴れしい! なんて心臓なんだ……見習わねば……」
謎の尊敬を向けてくるクライネル君はさておき、ファーミはパッと笑顔を浮かべた。いつものニッコニコのスマイル。
「はい! そうですね、ユウヤ様! ご案内します!」
「うわあ!? 姉様!? ど、どうかなさったんですか……? 急に、なんだか年頃の女の子のように……」
「ユウヤ様と共にいる時のわたくしは、普通の……いえ、一般人のファーミですから! ねー?」
「ねー?」
「…………トンデモワールドだ……こんなの、姉様じゃない……でもなんか幸せそうだから、別にいいかな……いやでも、うーん……」
多感な年頃のようだ、クライネル君。しかし、深呼吸をして、頭を下げてきた。
「行ってらっしゃいませ、姉様。またの帰還、お待ちしております! 王を務めてみせます!」
「よい。貴様は我が弟だ、心配などしておらぬ。というわけで、行きましょー!」
ころころと変わるファーミは嬉しそうに駆け出していく。俺はその背を追い、ムーユエ達も一礼しながら俺に続いた。
さすが王都。レガリアと活気が違う。
レガリアは治癒の泉を有する観光スポットで、比較的金を持ち、落ち着いた人々が大半だったのだが、王都は雑多に色んな種類の人間がいた。
子供、富裕層、貧者……異国の人間達。屈強な男もいれば華奢な女性が踊って路銀を稼いでいるのも見受けられる。多種多様だが、明るい雰囲気の街並みに思わず感嘆した。この時代にはあると思っていたスラムも特に見当たらない。
ファーミの先導で、馴染みだという屋台でホイップクリームが乗ったケーキを味わいながら、俺は感心して美しい街並みと行きかう人々を眺めていた。現在、俺達は西側にある大きな橋に寄りかかりながら、一服していた。橋の下には広々と運河が流れている。
「スゲーな、ファーミ。こんな国作ってたんだ」
「えへへ! まあ、継いだだけなんですけどね! ……? ムーユエさん、リューアちゃん、美味しくないです?」
「い、いえ。美味ですが、少々女王様の変貌ぶりに驚いただけです」
「お、美味しいです! 女王様!」
「もー。ファーミでいいですってばー。でも公の場では……女王と呼んでいただけると助かります! 威厳って大事ですから!」
そう言いながらケーキを頬張るその姿からは、想像もできねえな、あの姿。まぁ、どちらも可愛いのでどっちでもいいっちゃいいが。
ファーミはこちらをチラチラ見上げていた。目が合うと照れくさそうに微笑んでまた視線を下に戻す。
「どしたの、ファーミ」
「い、いえ。本当に、わたくしの変貌を何とも思ってないなーって思いまして。皆さん、絶対よそよそしくなるんですもの」
「ファーミは、ファーミじゃん? 女王様の時も何だかクールな感じで、一粒で二度おいしいみたいなお得な存在じゃん! かわいいよファーミ!」
「! えへへ! やっぱり、ユウヤ様、大好きですっ!」
ふぉおおおおおおおおっ! や、柔らかいものがお腹くらいに当たってる! これが幸せの感触という奴か……! レインボースライム討伐時に背中で感じていたものがまさかこんなに近くに! でもここで手を出したら、監視役のアスカちゃんに亡き者にされるのでグッと我慢。とりあえず頭を撫でてみよう。これ嫌がる女の子もいるんだけど……ファーミは驚いたように俺を見上げてくる。え、どしたの。俺なんかマズいことした?
「あ、嫌?」
「い、いえ。親にも、撫でられたことはないので……びっくりしちゃって。でも、なんだか嬉しいです……! もっとお願いします!」
「うん。合法的に女の子に触れる。最高です」
「そのゲスな言動は聞かなかったことにしましょう」
アスカちゃんの言葉を聞きながら、俺はファーミを撫でていく。
おお、なんか髪をふわふわ撫でているといい匂いがした。同じ人間とは思えないなあ……凄く、甘い香りだ。鼻腔の奥に燻るような、興奮するようでいて、どこか落ち着いてしまう……二律背反が同居してるかのような感覚に陥る。
うん、まあ、嬉しそうだし、いいや。
「ふーん、ファーミさんはなでなでが嬉しいんだ。あたしは子ども扱いっぽいから嫌だけど。アスカさんはどう?」
「人によるかと。自分は心に決めた人からならば、別に……」
「ムーユエは?」
リューアがそうムーユエを見る。彼女はどうでもよさそうにしながらも、意外にも強い言葉を返す。
「多分、好意だと分かっていても苛立つと思います」
「ふーん。ムーユエ、仲間だね!」
「ですね」
そういえば、神なのにムーユエはリューアから呼び捨てされていても涼しい顔をしている。普通キレ散らかすと思うんだが、俺の想像の中の神ってやつは。
そんな感じでボーっとしていると、見覚えある紅い髪の男が駆け寄ってくる。「おーい!」なんてベタな呼びかけで。
「ってウィン! どうしたんだよ、そんなハアハアして」
「せめて呼吸を荒くしてとかにしろっつの。……で、出たんだよ! 街近辺に! ギルド全出動、騎士団まで出張ってる! とにかくヤベェんだって!」
「だから、何が出たんだよ、ウィン!」
「だから――」
必死に、しかし端的に伝わるように、ウィンは言葉を紡いだ。
「――トレントのヌシが出たんだよッ!」
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