四話 微妙な魔術の習い方 1

「そう、光力とは違う流れがあるでしょう? 冷たい流れです。それに意識を集中させて……」


 ムーユエの言葉通り、目を閉じ、体に流れる冷たいものを感じていく。それは確かに存在し、俺の血液の中で、熱い何かと同時に流れているのが分かる。


 俺達は外にいた。スライムの森方面の森林で、ムーユエが魔術の基礎を教えてくれているのだとか。


 起源がどーたらとかは一切合切ぶった切ってくれて、まず魔力の認識を重視させられた。ムーユエに触れて冷たい輝きを手にし、自分にもそれがあるのかどうか、自分自身を見つめなおせと言われ、俺は確かに今までの体とは違うエネルギーを覚えていた。


 一つは光力。これは熱として体にある。


 もう一つが魔力だ。朝に飲む水のように冷えたそれが、体を伝っている。


「感じますか?」

「ああ、わかるけど……」

「よかった。魔力が微弱だと光力持ちの人間は分からないことが多いんですよ。光力は熱量ですから、冷たさを感じにくいのです。では、実践と行きますか」


 ムーユエは伐採された後の切り株の上に水晶を置いた。


「この水晶めがけて、魔術を撃ってください」

「って言われてもな……」

「魔法陣は脳裏に焼き付けましたよね?」

「ああ、俺は一発で大体覚えられるけど」

「なら大丈夫。本来は魔法陣の書かれた書物を一枚消費して放つのですが、脳裏に焼き付けておけば無限に使えます。これを知らない愚か者は多いですよ。さ、やりましょう」

「うーん、ファイアーボールがいいのかな?」

「火起こしくらいはできると思いますよ。さあ」


 俺は脳裏の魔法陣を思い出しつつ、魔力を右腕に込める。あの水晶にぶつけるイメージで!


「ファイアーボール!」


 魔力は結実。脳裏の魔法陣を手のひらに展開し、術が放たれた……まではよかったのだが。


 燃え盛る初速は良かったが、水晶に届く前に種火となり、霧散した。


 気まずい沈黙が流れるものの、俺はとりあえず胸を張った。


「お前の教え方が雑。俺悪くないもんね」

「とことん貴方という人は……。ぶつける気持ちでもう一度! その魔力なら、一日五発は撃てるはずです」

「よし! ファイアーボール!」


 しゅぼっと燃えたが、やはりプスプスと距離と共にえぐいくらい減衰していく。

 それを二回繰り返して、ムーユエは溜息を吐いた。


「……諦めましょう。センスがないです」

「あ、やっぱり?」


 結局、魔術の習得は徒労に終わり、俺達はいつも通りの日々に戻っていった。





 ウィンと食事をする。居合わせたムーユエが何故かこちらを見て顔を赤くしているが、まさか……


「ムーユエ、ウィンに惚れた?」

「お、見る目あるなお嬢ちゃん」


 しかしキッパリと彼女は首を横に振るものの、熱っぽい視線は続いている。俺にまで向いているんだから、多分、何かしら深い事情が……


「いえ、テルウィンさんとそこの屑を見ていると、どうしてか胸がときめくんです。二人がむつみ合うその戯れがどうしようもなくキュンキュンするのです」


 ただ腐ってるだけでした。女神様、腐ってていいの? 男同士の楽園作るために世界を滅ぼしたりとかしないよね?


 ウィンは微妙な顔をしつつ、肩を竦めた。


「あー……お嬢ちゃん。お嬢ちゃんにはまだ早いよ、その世界」

「ウィン、ほっとけマジで。そこのペタ胸と親しくなったっていい事ないぜマジで」

「パニッシュメント」

「おぎゃぐあああああぁぁぁぁ――――――――っ!?」

「おお、女神ジョブ専用魔術、パニッシュメント。拝めるたあなぁ」

「そんな秘術俺に使うなぁぁぁぁ~~~~~~~~っ!?」


 しばらくして電撃がやむ。これでも最初浴びた時よりだいぶ落ち着いている。どこぞのスーパーマサラ人のように平気ってわけでもないんだけど、まぁ、慣れがあった。


 あ、ファーミとアスカちゃんもやってきた。同じテーブルの席に腰掛けている。


「ユウヤ様、いつわたくしとお世継ぎを作ってくださるのですか……?」

「ま、また今度ね!」

「んだよ、ユウヤモテモテじゃねえか。隅に置けねえなあ」

「お前俺が困ってんの分かってて言ってんだろ!」

「どうせお前から声掛けて予想外に釣れたからビビってんだろーが、そういうところだぞ」


 まぁなんて鋭いんざましょ。ウィンには過去を見通す力が……いや、さすがにないだろうけど。アスカちゃんはポーチから書類を取り出し、ファーミに渡している。


「女王様、こちらの決算書類を。一応確認してほしいと王国側から」

「えー、もう女王でもないんですけど、まぁ仕方がないですね。……ふむふむ」


 眺めていると、ファーミの表情が冷たくなっていった。何だかとても威圧感溢れるそのお姿は、思わず俺のアレを踏んでいただきたくなるほどに女王の風格に満ちていた。圧というか、オーラが凄い。普段にこやかなだけにクールな顔はなんかゾクッときた。


「アスカ、この書類は真か?」

「お、恐れながら、そのようで……」

「アスカ。我は王城にて愚弟を叱らねばならなくなった。供をせよ」

「ははっ!」


 聞いたこともない低い声に驚きを隠せない俺とムーユエ、それからウィンだったが、こちらを向いたファーミは、ニコッと笑っていた。まるで化かされた気分になる。


「すみません、ユウヤ様。お見苦しいところを! そして少しお暇を頂きたく……。王城の方でやらなければならないことが……あ! そうだ! ユウヤ様も一緒にいらっしゃいますか?」


 固まる二人はさておき、俺はとても興味が湧いていた。


「おー、城!? 行きたい行きたい! どんなのか一度生で見て見たかったんだよねー! ありがと、ファーミ!」

「はい、是非! ……嗚呼、女王としてのわたくしを見ても、変わらずに接してくれるユウヤ様……! しゅきぃ……!」

「お前予想外に大物になりそうだな、ユウヤ……」


 ウィンの言葉にムーユエも頷いている。やっぱ隠しきれないか、俺のカリスマオーラ……あ、はい。そんなもんありません。女の子に刺し殺されるような人間性です。でも気持ちよくなりたい。しかしいきなり脱童貞は怖すぎる。長年一緒に過ごしていた童貞との別れを惜しむ時間がどうしても必要だ。……必要か? まあいいや。


「ムーユエも来るだろ? ウィンも来るか?」

「行きますけども……お目付け役として」「同行はするけど、城まではいいや。王都で溜まってた素材とか売りたいし、何よりお前がいるとリューアが喜ぶ。いいぜ、女たらし」

「ひっでぇ! 女の子たらしてねえよ!」

「いいや女たらしだろ。女王様にリューア、そしてそこの……えっと、アスカちゃん? ムーユエってクラスが女神の女の子もそうなんだろ? 半端ねえって」

「いやアスカちゃんはともかくムーユエは違くね?」

「違いますね」「自分も今はまだ」

「アスカちゃ~ん、いつになったら惚れてくれるのさ~」

「真面目に仕事をしていたら良いですぞ。いや真面目にやられても恐らく熱を疑いますけれども」


 ダメじゃん。俺、既にクズじゃん。別にいいけど。本音だし。でも最低限の仕事はしてるはずなんだがなぁ。何でダメなんだ? 最低限はこなしてるのに。最低限だからダメだって? うん、知ってた。


「では行きましょう! ウェーランド王都、クインスへ!」


 ファーミがそう快活に笑い、一行の行先は決定するのだった。

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