第36話 ニルヴァーナの計略


 爆撃から免れた馬車が3台ほど残っていた。俺達は残っていた馬車にニルヴァーナ姫を乗せ、陣形を復活させる。

 俺が馬車に乗り込む直前、気配がちらついた。襲撃者の残党、斥候の視線を感じたのだ。


「ラビ。わかるか?」

「うん。距離は50メートル。北西に一人。北東にもう一人」

「北西の方を頼む。俺は北東を瞬殺してから、君に加勢する」


 俺とラビは斥候を感知していた。

 瞬時にふたてに別れる。


『あ!』


 俺はブレスウェーブを発し、空気抵抗を半減させる。超身体能力で跳躍し、瞬時に50メートルの距離を詰めた。


「鳥……。人間だと?!」


 視界の向こうには斥候の兵士がいた。

 剣で跳躍斬りを浴びせる。

 躊躇いはない。

 復讐のためには残酷なことだって積み重ねる。

 袈裟切りで、斥候の兵士は即死した。


「ラビ」


 ラビは北西の兵士を追っていた。

 俺は再び跳躍し、超跳躍し彼女の元へ飛ぶ。


「僕だって。殺しができるようにならないと……」


 ラビはナイフで斥候に忍び寄り、首に斬撃を見舞おうとする。


「……ナイフの一撃は兵士を掠めただけだった」

「この子供がぁ!」

「うぅう……」


 兵士の剣とラビのナイフがつばぜり合いをする。

 15歳まで成長しても、10歳の女の子なのだ。

 手を汚させはしない。

 50メートルの跳躍の後、俺は斥候の首を狩る。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 ラビは背中から倒れながらも、意識を保っていた。


「怪我はないか?」

「ありがとう、お兄ちゃん……」

「これが戦場だ。それでも、やるのか?」

「僕は逃げない。でも、まだ、殺しは……」

「いいんだ。シーフなら殺しに拘らなくていい」

「お兄ちゃんを、守りたいんだ」

「もっと大きくなったらな。でも今のは偉かった。君が斥候を抑えてくれたから、取り逃さずに消せた。姫の危険も消えたんだ」

「うん……」


 ラビの頭を撫で、一団に戻る。

 騎士団長に『斥候を消しました』と報告すると、ニルヴァーナ姫が応じた。


「レーゼから聞いていたが。思ったより使えるようですね」

「あなたが姫様だったんですね」

「ええ。奇しくもあなたを試す結果になりました。信用しても良さそうですね」


 レーゼさんの後ろ盾というのは、旧王政派の姫様だった。

「神裂アルト。あなたには信頼を置くことにします」

「恐れ入ります。王女殿下……」

「私の目的は、王宮の簒奪を目論む毒島一派を駆逐することです。彼らはソウルワールドへの転移者へと〈追放〉の仕打ちをし治安を乱す者だった。さらには今回の襲撃で一閃を超えてしまった。私には大義名分がある。毒島一派は体制を破壊しようとする略奪者といえるでしょう」


 毒島やイバラ達の勢力はあまりに巨大だと思っていた。

 だが力に抵触してしまったのは毒島達のようだった。

 力には力があったのだ。

「すべてに、同意します」

「では始めの命を伝えます」

「はい」

 突然のことだが俺は適応した。

 ニルヴァーナ姫の前で目を伏せ膝をつく。

(レーゼさんのいう〈後ろ盾〉がニルヴァーナ姫だったってことだよな)

 ニルヴァーナ姫の存在を伝えられたということは、俺が仲間として認められたということでもある。

 スパイの可能性もあるから、慎重だったのだろう。

(利害が一致する。姫であろうが、利用させて貰おう)

 復讐の足がかりになる。

 そう考えた矢先だった。

「これは毒島派によるクーデターとみなし早急な駆逐を決定する。

 アルトは騎士団長ゼルムと共に、王都の逆徒の鎮圧へ。ラビは私と共に、王宮メイドとして護衛をして貰う」

 ニルヴァーナ姫の命は、俺とラビを分断させるものだった。

「お兄ちゃん……」

「ラビ。しばしの別れだよ。俺は戦闘。君は姫の護衛だ。君の方がまだ危険は少ない」

 ニルヴァーナ姫は俺とラビを交互にみやる。「アルト君。君は私の意図まで、すべてわかっているのだろう? 考えていることを言ってみなさい」

 俺は素直に姫に応じた。

「ラビを貴方の元に置くことは……。ですね。心配しなくても利害は一致してますよ」

「くさまぁ! なんだその聞き方は!」

 騎士団長ゼルムがつかみかかろうとするが、ニルヴァーナが制止する。

「頭が回る子で何よりだよ。君が姫宮イバラと関係があったことは、知っていたからね。警戒はする」

「俺は復讐をするつもりです」

「姫宮イバラは殺せるのかな?」

「今はまだ……。問いただしたいだけだ。なぜ毒島を選んだのか」

「甘い。一応言っておくが私は毒島のみならず姫宮イバラも粛正するつもりだ。〈魅了催眠〉は王宮を浸食しすぎた。危険すぎる女だ。私だって怖いくらいなんだよ」

 ニルヴァーナの手は震えていた。

 イバラの暴走は、俺だけでない。多くの人を巻き込んでいるらしい。

「……わかりました。俺は兵士として働きます。ただしラビを使い捨てにすることだけは姫であろうと、許しません」

「くっっさまぁ!」

「ゼルム。良い。正直すぎて気持ちがいいくらいだよ。くっく。出世ができる性格ではないようだがな」

 ニルヴァーナ姫は、俺のことを買ってくれたらしい。

「ラビ君のことも安心したまぇ」

「ええ。存じております」

 俺はニルヴァーナの隣にいるメイドをみた。「気づいているようだな。有能だ。私の護衛をしているマリカはアサシンだからな」

 マリカと呼ばれた縦ロールのメイドは、メイド服の裾をつまみ挨拶をした。

「馬車が爆撃された際、ラビさんはとっさに私を救出してくれましたが。筋肉を確かめさせて貰いました」

「え? えぇ?!」

 震えるラビを横目に、メイドのマリカは糸目をくにゃりと曲げ微笑する。

「中々いい筋をしています」

 どうやら俺達を試していたらしい。

 マリカのメイド服には、埃ひとつ着いていなかった。すさまじい身のこなしだと今になってわかる。

 本物のアサシンのようだった。

「ラビさんは私が預かりましょう」

 アサシンのマリカを信用するべきか……。

 だがアサシンであるというのを公言したことが、俺達を信用したということだ。

「ラビを宜しくお願いします」

「君。そんなタマじゃないでしょう? 殺気がダダ漏れですよ? ラビちゃんを危険に晒したら殺すって顔に書いてますね」

 マリカはすさまじい洞察力だ。

 心でも読めるのだろうか。

「ええ。それでもよろしく頼みます」

 ニルヴァーナは「その殺気が心地よい」と満面の笑みとなった。

 マリカはため息をつき、ラビをみやる。

「危険な眼には合わせますが、死なせるようなことはさせませんよ。私は不合理が嫌いですから」

「お兄ちゃん。私、やるよ」

 ラビがやるなら、何もいうことはない。

 王都の姫ニルヴァーナとアサシンのマリカとともに、馬車に乗り込む。

 破壊された馬車には、息のあった捕虜を乗せた。

 王都に連行し、事件の首謀者について尋問が行われるのだ。



 王都エンデヴァーに着くと、俺はゼルムの騎士団に配属。

 ラビは王宮仕えのメイドとして潜伏することになった。

「ここでお別れだな。無理はするなよ」

「お兄ちゃんこそ。マリカさんから伝書鳩を習ったから。お手紙、書くね」

 人権のある職場のようでよかった。

 馬車から街へと降り立つ。 

 王都エンデヴァーは沸騰している。

 旧王政派と新王政派の内戦……。

 俺にとっては通過点に過ぎない。

 復讐にやっと手が届く。

 人生は崖と谷しかないと思っていたが。

 掴める壁は、どこかにあるものだな。



白咲ラビ ラビットシーフ レベル5→レベル12


HP 50 →99

MP 90 →119

TP 100 →125

攻撃 15 → 35

防御 38 →67

魔攻 82 →124

魔防 82 →124

素早さ 320 →350

運命力 1020 →1080

体格 3 →4

移動 15 


【バイタル】グリーン

【スキル】透明化

【アビリティ】シーフ、隠密。強運。伝書鳩。【ギフト】深層配信。住居確保。



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