第29話 イバラちゃんハウスの侵食
魔山の精神を掌握したイバラは、フラクトールの街のハウスで、つつがなく娼館経営の手続きを済ませた。
「次の街のハウスに行くわ」
「イバラ様万歳!」
「それはもういいっての」
海辺の街〈フィッシュバゼル〉。
果樹園の街〈モルゲン〉を周り……。
始まりの街〈リスタル〉まで来た。
最後のイバラちゃんハウス支店を開店する。店の前で娼婦達と花をまき散らし盛大に祝ってやった。
『乾杯』
『開店!』
『おめでとうございます!』
「ふーぅ。全部の街にイバラちゃんハウスを展開してやったわ」
リスタルの街ではメイド喫茶〈幻影ドォルズ〉の真向かいに、イバラちゃんハウスが桃色の煌めきを放ち屹立する。
「ネズミがいるって、噂で聞いている。経済的にも潰してやるわ」
イバラはメイド喫茶〈幻影ドォルズ〉をみた。
リスタルの街に、王都へ叛逆する輩がいるという。
「イバラちゃんハウスは監視の眼でもある」
イバラは歴史に学んでいる。
〈五人組〉は異分子を見つけたら報告してボコボコにする制度だ。
〈治安維持法〉は、治安を維持するという名目で逆らう奴を粛正してやった。
戦時中の拷問だって大好きだ。
イバラは拷問する側だから、よくわかる。
ソウルワールドが無法な世界だというなら、こういう残酷なことができる奴が勝ちまくれるってことだ。
「徹底的に上に立ってやる。というわけで皆。異分子を見つけたら報告してね」
「そのとおりです、イバラ様」
魔山もまた言いなりになっている。
リスタルの街のイバラちゃんハウスによって、支配体制は確立しつつあった。
帰りの馬車の中でイバラはステータスを開く。
「ドーピングしたおかげかステータスも申し分ないわね」
【姫宮イバラ】 レベル56 ハイプリエステス
HP 727
MP 934
TP 933
攻撃 321
防御 323
魔攻 1238
魔防 1388
素早さ 707
運命力 2001
体格 8
移動 10
【バイタル】グリーン
【スキル】魅了催眠
【アビリティ】強運、眷属化、略奪適性。
【ギフト】罪状回避
「ハイプリエステスなんてね。教条を教えてるつもりはないのにね。もしかして私への信仰が集まっているからかな? きゃっ♡」
王宮の兵士にも『姫宮イバラ万歳』と言わせてきた。
毒島夫人の権限を使えば、皆が褒めてくれる。気持ちよくなれて良い気分だ。
「アルトはどうしてるかなぁ。追放されて街にさえ入れないんだよね。まああの戦闘力なら死にはしないでしょ。無様に野山を這いずってるだろうけど」
アルトのその後が気になった。
心配をしているわけではない。
無様さを見てみたいと思ったのだ。
「……あいつだけは、違うんだよ」
あのとき洞窟で。
イバラはに確かに〈魅了催眠〉をかけていた。
「あいつには〈魅了催眠〉がかかってた。かかってるはずだった。なのに……。私の意思をすり抜けて動いてきた」
毒沼竜のブレスを受けたとき。
イバラの意思よりずっと早く、アルトは盾になった。
イバラが恐れたのは『〈魅了催眠〉が掛かっていないのではないか?』
ということだ。
数%はかかっているかもしれない。
だが100%の支配はできない。
加えて戦闘力だ。
側においておくのは危険だ。
だが、ひとりで竜を倒せるからなんだっていうんだ?
アルト本人には、集団での強さが微塵もない。
利用価値がないのだ。
だから、いらない。
「人生にあいつしかいなかったっていうあたしの無様さも嫌いだった」
人の強さは組織力だ。
ソロプレイなんて限界が来るつーの。
「あいつが荷物持ちだったのは、毒島にも爪田に舐められ、嫉妬されていたからだ」
イバラは男の状態を見抜いていた。
「アルトは【男の闘争】をはね除けられなかった。毒島は私が欲しくてイキってた。爪田は恩恵にあずかりたい巾着だった。巧妙にドミナンス《支配力》をつかってた。男らしいってことだ。でもアルトは違う」
イバラが求める力は、組織力と支配力〈ドミナンス〉だ。
洞窟でイバラは毒島を唆した。
毒島は、毒沼竜撃破の功績を奪った。
あのときアルトは、ただ弁明するだけだった。
毒島を斬り殺すくらいの気概を見せてくれたら、少し見直しただろう。
「復讐で殺しに来たら、ちょっと見直すかもね。あのヘタレができるとは思えないけど」
イバラは馬車を走らせ、王都へ帰還する。
「いずれはリリアーナ王妃の座も私が……」
【魅了催眠】によるやりたい放題は続いている。
隣にいる魔山も今は奴隷だ。
「全部私の、思いのまま」
イバラは、にちゃりと、酷薄な笑みを浮かべるのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
メイド喫茶〈幻影ドォルズ〉との繋がりを得たことで、俺はいくつかの店に肉を届けるようになった。
俺は草原で狩ったマカタプやデスベアー肉などを担ぎ、街へと入る。
レーゼさんから貰った〈鳩の偽造バッジ〉があるので隠れる必要はない。
堂々と街を歩ける幸せを噛みしめる。
「なんだ? ありゃ」
街を歩いていると、煌びやかな桃色の店が屹立していた。
きな臭い匂いがするが、今の俺にできることは狩猟と肉の配達だ。
メイド喫茶〈幻影ドォルズ〉の裏の搬入口でチャイムを鳴らす。
「ちわー。肉っす」
袋の熊肉をどんと置く。
メイド喫茶の裏口では、ツインテールメイドのムニンが出てきて、俺を睨んだ。
「デスベアーの肉だな。無傷で倒した? すさまじい戦闘力だな。くっ……」
ムニンは悔しがっていたが、相変わらず俺には厳しいようだ。
「お前の戦力はレーゼ様に打診しておこう」
「仕事が早いな」
「猫の手も借りたい状況なんだ。街の桃色の店を見たか?」
「娼館のようだが、あまりにきな臭いぜ」
「〈イバラちゃんハウス〉っていうみたい」
俺はその名前に反応した。
「紹介してくれ!」
俺の中で怒りが湧いてくる。
「あんたまさか……。このドスケベ!」
「ち、違う。復讐だよ!」
イバラのことは取り戻すつもりだった。取り戻し、問い詰めるつもりだったが、イバラちゃんハウスってなんだ?
俺の剣幕にムニンはたじろぐ。
「なんでも仕事をする。俺はまだレーゼさんに完全に信用されてないってのはわかってる」
ムニンの肩を掴む。
「ちょ、落ち着きなさいよ。あんたのことは私は信用してるわよ。でも情報は誰かれ教えるわけには」
「頼む! あいつの。イバラも毒島も、俺は全員に……。ぐうぅう?!」
突如、俺の頭と全身に謎の激痛が走った。
「があぁぁあああっ。ぐっはぁああ!」
まるで考えてはいけないことを考えたような……。
「あんた……大丈夫?! やっぱデスベアーを一人でなんて、無理がたたったんじゃないの?」
「無傷なはずだ。竜だってひとりで、ぐううう!」
「お兄ちゃん?!」
意識が遠のく中、ラビが駆け寄ってきた。
イバラの名前を聞いて、興奮したせいなのか……。
突如訪れた謎の全身の痛みに、俺は意識を失った。
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魅了催眠に反抗しようとすると、ダメージが入るあれです。
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