第27話 side イバラ
王都エンデヴァーの城の寝室でイバラは目覚めた。
腰まで伸びる紫色の髪が、ザクロのようにしてベッドに広がる。
身体を起こすと何故か目元に涙が伝っていた。
「夢か。うなされてたのか。あー、髪ぐちゃぐちゃ……」
ひとりベッドから立ち上がる。
先日までは、魔山と毒島と交代で部屋に来ていたが、ここ数日はひとりで部屋にいたから、昔のことを思い出し夢までみる始末だった。
「嫌な夢みちゃったなぁ。くそ」
現世で入院していた頃の夢だった。
神裂アルトが自分の点滴台を引きずりながら、イバラの車椅子を押している。
ロビーでは白咲トワという女の子が笑顔で待っていて、花を手渡してくれる。
(あの子は私よりはまだ建康だったのよね)
トワは車椅子といっても、虐待で足を骨折していただけので、自分の腕で車椅子を動かしていた。
(でも私は違う)
イバラはアルトが押してくれなければ、車椅子さえ動かせなかった。
難病の病棟でも動ける者と動けない者の差は大きい。
自由になりたかった。
だからソウルワールドに賭けて、魂の異世界への移転を登録した。
「一緒に行こう、か」
病院にいるときはアルトに合わせた。
そういうものだったからだ。
イバラは主治医と関係を持っていた。イバラから求めたのではない。
イバラが美しかったからだ。
(最初から、アルトの出る幕なんかなかったんだよ)
イバラの病気を治せるのは主治医だけだ。
結局治せずに、死んでしまった。
信じられるのは力だけだ。
少年に力なんかない。
イバラは合わせてあげていただけだった。
少女はすでに大人になっていて、世界の汚さも現実も知っていた。
「『守ってやるよ』、って言ったけど。守れてねーじゃん」
始まりに転送されたリスタルの丘で、イバラはアルトを試してみることにした。
豪毅な男達に近づいていったのだ。
守れるものなら守ってみろよ。
チャンスは与えた。
『アルト君も行こ?』
そう誘ったときに毒島に殴りかかってくれていたら、まだ惚れ直したかも知れない。
だけどアルトは動かなかった。
(やっぱり雑魚じゃん。まぁ大人数の大人相手に立ち向かえるわけないんだけどね)
イバラはなんとなくフェードアウトすると思っていた。
現世では歩くこともままならなかった。
アルトが車椅子を押してくれたのは感謝しているけど。
彼の存在は同時に、病気だった頃の自分を思い出せる【忌まわしい記憶】でもあった。
(最初の丘でなんとなくバイバイしてもよかったのに。あいつ……)
アルトは、パーティについてきた。
イバラは最も強い男である毒島の隣にいた。
必然、肩を掴まれる。
そうだ。こうしてグイグイくればいいんだよ。
男は強くないと。
大人の男は守ってくれるから。
(あの主治医は私を抱いたあげく、治してもくれなかったけどな)
それでも少年の弱さよりはずっとマシだ。
だから毒島についた。
必然、アルトはパーティの荷物持ちとして虐げられる。
イバラが毒島とつるむことで、毒島がアルトに嫉妬するように仕向けたからだ。
(ほら。帰りなさいよ)
だけどアルトは『イバラのため』といって、パーティから抜け出さない。
(うざ。察しろよ)
イバラはパーティで虐げられるアルトに近づく。
『大丈夫?』
『ありがとう、イバラ』
ありがとうじゃねーっつうの。
そうじゃねえんだよ。
お前に消えて欲しいのは私なの。
忘れたいんだよ。病院の辛気くさい記憶なんて。
『ごめんね、アルト君』
『君のためなら、殴られるのは平気だよ』
だから、空気読めよ。
イバラは笑顔の中に怒りを募らせる。
変化は毒沼竜の洞窟で起きた。
『危ない、イバラ!』
イバラを庇って、アルトは毒のブレスの直撃を受ける。
『アルト君!』
口では心配しつつも
(あー。死んだわ)
と思った。
だが毒のブレスの中で、アルトの身体が輝き出す。
アルトが呼吸使いとして覚醒し。【クラス:ブレスマスター】が発現していたのだ。
脇の洞窟に隠れながら、イバラはアルトの闘いを見た。
身体が壊れても呼吸で修復する。
斧、大剣を潰しながらも、竜を削っていく。
レベルアップを繰り返し、肉体を超強化し、壁さえ走る少年。
(強くなったんだぁ)
でも違う、とイバラは思った。
そうじゃないんだわ。
土壇場で強くなるとか、それはイバラのためのものじゃない。
偉い人間は、強い人間とは違う。
偉い人間は、声の大きな人間だ。
(いい人は【都合がいい人】でしょ?)
アルトは強いが【都合がいい人】だ。
そしてちょっと天然で浮いているところも駄目だった。
浮いている人間は組織から追いやられる。
強さとか関係ない。
浮いてる奴なんか、組織であがれないじゃない。
(こいつの強さは都合が悪い。使い潰さないと)
イバラはアルトを捨てたかった。
辛かった時代を生きた仲間なんて、辛気くさいことは嫌だ。
捨ててやる。
『おい。イバラぁ。俺ら死ぬなら、せめて抱き合っていようぜ』
洞窟では毒島が脱ぎ始めていた。
この土壇場で抱くらしい。
頭がおかしい。
でもそれでいい。
黙って守ってくれる辛気くさい少年よりも、こういう声の大きな大人がいい。
イバラは毒島を受け入れ……。
そして今は王宮のベッドでぬくぬく過ごしている。
「メイドさーん、いるぅ?」
「はい。ただいま」
「ドーピングシャンパンタワーよろしくぅ!」
「昼から、お酒ですか?」
「いーのよ。私偉いもん。いまや侯爵夫人だし?」
毒島は今や王宮付きの冒険者で侯爵位を得ていた。
魔山紫苑に至っては、王宮補佐官としてリスタルの街のみならず、地方を掌握しているという。
魔山は99期、つまり二桁台の転生者だ。
ソウルワールドの転生が早ければ早いほど高い地位についている。
「はぁ。つまり私は一瞬で地位の隣についたってわけ」
今いる場所は王都エンデヴァーだ。
始まりのリスタルの街から圧倒的出世を果たし、五つの街を傘下につけている。
毒沼竜の鉱山など、手つかずのところはあったが、王都の権力があればやがて自分のものにできるだろう。
「『女は男の積み重ねた者の隣に一瞬で座る』とは、よくいったものね」
実際、座ってやった。
ざまぁ。
「ドーピングシャンパンタワーお持ちしました」
「ありがと」
メイドが、血の色にも良く似たドーピングシャンパンタワーを重ねていく。
50個のグラスがタワーとなった。
イバラはドーピングシャンパンタワーの天辺から飲み干していく。
「ぷはぁ。さて。私は戦闘力はないけど。いざってときに強くないとね。痛いのは勘弁だけど。手っ取り早く強くなりたい。それなら答えは簡単。
……【ドーピング】よ!」
メイドは知らないが、このシャンパンには魔族化のエキスが含まれている。
肉体を魔族化させることができるのだ。
イバラは『戦闘力を買った』のである。
「あ、と、は。毒沼竜の鉱山ね。爪田の消息が不明で、何者かに撃破されたみたいだけど。競合他社を撃破してさらにのし上がってやるわ」
口元を赤く濡らし、イバラは舌なめずりをした。
「街の人々の『理解』を得ましょう。『イバラちゃんハウス』の事業拡大が必要みたいね」
シャンパンタワーを飲み干したイバラは、ドレスを優雅に引きずりつつ、街へでることにした。
sideイバラ(1) 了
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