第26話 台風の目


 メイド喫茶〈幻影ドォルズ〉は追放者に寛容な〈台風の眼〉のような場所だった。


「神裂アルト様。まずは正式にいご案内しましょう」


 眼鏡で三つ編みサイドテールのメイド長は、レーゼさんことレーゼフェルン。


 ツインテールのメイドはムニンというらしい。


「ご主人様がご帰宅です」


「お帰りなさいませご主人様!」


「お帰りなさいませぇご主人様!」


 俺はメイド喫茶の正面玄関から、ご主人様として案内されることになった。


 街を追放されてからは様々な店で出禁になっていて、石を投げられたことさえあったのに。


 嘘つき呼ばわりの出禁からご主人様に一気に格上げされ、俺は不安に駆られた。


「なあ、ラビ」


「なぁに? お兄ちゃん」


「俺はこれから、死んだり。処刑されたりするのか?」


「お兄ちゃんはネガティブだなぁ」


「流れとしては悪いことが起きるだろ?」


「運命力が0だから、疑心暗鬼になってるんだよ。私と一緒にいれば大丈夫だよ」



 ラビがステータスを見せてくれた。



白咲ラビ(トワ)ラビットシーフ レベル3 →レベル5


HP 38 →50

MP 80 →90

TP 88 →100

攻撃 10 →15

防御 30 →38

魔攻 70 →82

魔防 70 →82

素早さ 300 →320

運命力 900 →1020

体格 3 

移動 15 


【バイタル】グリーン

【スキル】透明化

【アビリティ】シーフ、隠密。強運。

【ギフト】深層配信(※)。住居確保(※)



 メイド喫茶で働いたことで、ラビも少しレベルがあがったようだ。


 思えば彼女の運命力はすさまじい。


 防御やHPは年齢相応なので守らなければならないが、俺にないものを持っている。


「私の運命力を信じてよ」


 ラビに言われたら、頷くしかない。


「こちらです。アルト様」


 レーゼフェルンが完璧なメイドの所作で俺を奥の間に案内した。


 これから拷問とかされるのかなぁなどと心配していると、ふかふかのソファを進められる。


 ツインテールメイドのムニンがポットを持って来てくれた。


「紅茶です」


「さっきは済まなかった」


「いえ。ラビちゃんのお兄様と聞いていましたから。ですが私は元ヤンです」


 ムニンは俺の耳元で囁く。


「後で覚えてろよ。


 俺の正面にはレーゼフェルンが座る。


 長い三つ編みのサイドテールが、尻尾のように揺れ、眼鏡が光る。


「レーゼさん。あの。今の不良娘の声、聞こえてましたよね?」


「従業員にも人権はあります。私闘は禁じておりません」


 レーゼさんはにっこりと笑うが、笑顔が怖い。


 拷問くるか?


 と身構えていると、レーゼさんはテーブルの上にことりと、鳩型のバッジを置いた。


「本題に入りますが、この鳩はリスタルの街の住民バッジです」


「はぁ。俺は追放者なので貰えませんでした」


「存じております。ですからあなたにコレを渡しておきます」


「このバッジは何なんですか?」


「表向きは住民バッジという名前です。ですがその本質は支配のシステムでしょう」


「きな臭い話、ですね」


「バッジを持つ者と持たない者で、存在する権利が決められる」


「つまりバッジを持たない俺のようなものは、一度追放されれば永遠に追放されたま

まってことか」


「そういうことです。王宮特別顧問魔山紫苑が推進した〈支配のシステム〉です」


 また魔山紫苑の名前がでてきた。


 タキナが追放された元凶らしいが、思った以上に恐ろしい人物のようだ。


 レーゼさんはにこやかに語る。


「申し遅れましたが。私たちもまた追放者です」


「レーゼさんが? どうして?」


「様々な罪状が王宮によって好き放題にでっち上げられますからね。私は【路上市民

の喧嘩を仲裁した罪】で追放されました」


「意味がわからなすぎますね」


「王は闘いが好きな人ですからね。暴力を止めた私が気にくわなかったそうです。それに【追放】されることに意味はないんですよ」


「意味がない?」


「追放する側は深く考えていません。気にくわないことに後付けで理由をつけているだけ」


「待ってください。じゃあ誰かの気まぐれで俺達は追放されているってことなんですか? そんなの不条理すぎる!」


「世の中そんなもんです。理由があるようにみえて本質はただ『気にくわない』。イキりが蔓延り崩壊していきます」


 レーゼさんのいうことはよくわかる。


「でもそれじゃ世界は永遠に世紀末ですよ!」


「ですから人間は無法な世界に法を創り出した。だがこのソウルワールドはまだ法ができあがっていない、不完全な世界です」


 レーゼさんとの会話は不思議と俺に染み渡ってきた。


「あなたは、いったい……」


「私はこの裏路地のメイド喫茶から、世界に法を創る者です」


 レーゼさんの眼は光っていた。


「申し遅れましたが、生前は弁護士だったのですよ」


「それで【法をつくる】か……。でも王宮は巨大ですよ?」


「だから私は追放者を保護しています。この偽造バッジはすでに様々な方に渡している」


「危ない橋なんじゃないんですか?」


「黙っていたって不当に死にますからね」


 そのとおりだ。


 黙っていたってやられるんだ。


「バッジを見せれば、街の施設を利用できます。アルト様は顔が割れているので、隠す必要はありますが。失礼ですが、何を成されたのですか?」


「毒沼竜と奈落竜を討伐しました」


「鉱山資源の開拓がストップしていましたからね。あなたがダンジョンを踏破したことになったら、都合が悪い連中がいるのでしょう」


 その『都合が悪い連中』のひとりはすでに殺したのだが、敵はまだまだ多いようだ。


 今また洞窟の開拓に戻ったところで、より多くの人間が王宮から派遣され数で圧倒される。


 俺ひとりが奈落に踏み入れたところで、利権に飲まれて死ぬだけだ。


「レーゼさん。俺は、どうすれば……」


「多くの人と会うことです。このバッジでまずは行動範囲を広げる」


「俺はこの街に、居ていいんですね?」


「居て良いじゃありませんよ。存在は当然の権利です」


 レーゼさんとの出会いは俺の活動範囲を広げる大きな転換になった。


 そのきっかけはラビだ。


「タキナお姉ちゃんの分もあるから。三人でお買い物しようよ」


「ああ。ありがとうな。ラビ」 


「やっぱりお兄ちゃんは私と一緒にいないと駄目だねぇ」


「どういうことだ?」


「先輩達に教えて貰ったんだ。ステータスやスキル、アビリティは【パーティ合算】が発生するんだって」


 パーティ合算。


 そういえば奈落竜を倒したときにも、様々な素材が手に入ったが、あれもタキナの持つ確定ドロップの力なのだろう。


(【運命力のラビ】に【確定ドロップ】のタキナか。もしかして俺の仲間は皆粒ぞろいなんじゃないか?)


 ひどい追放をされたからよくわかる。


 一見弱そうに見えても、追放してはいけない砕いてはいけない能力は存在する。


(仲間なんだからな。俺は絶対手放さないぜ)


 偽造バッジによって俺の追放は無効化された。リスタルの街での活動が解禁され、メイド喫茶の仲間も得た。


 波乱の一日だったが、俺の行動半径は一気に拡張されたのだった。



――――――――――――――――――――――――――

実はパーティがチートだったと知る回(^^)

今日も0時、16時更新します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る