第25話 バイト訪問〈幻影ドォルズ〉



 ラビのバイト初日。俺はフードを被り街に来ていた。


 ラビの後ろをついて歩く。

 心配なので跡を付けてきたのだ。


「ふんふーん」


 ステップを踏む彼女の20メートル後ろで俺は息を潜めて追跡する。


【無呼吸潜伏】によって、気づかれずに跡をつけることができるのだ。


「これは……?」


 駅前商店街の看板をふとみやると、『追放者リスト』が張られていた。そこにはタキナと共に俺の顔写真も乗せられていた。


「ご丁寧にどうも」


 追放者といっても俺は毒島に濡れ衣を着せられた身だ。

 不服だが、身を隠すより他ないだろう。


 やがてメイド喫茶〈幻影ドォルズ〉の看板が見えた。


 ラビは裏口から喫茶店に入っていく。


「メイド喫茶は本当だったのか……」


 俺は脇に周り窓から様子を伺うことにした。


(ラビのことだ。虐められてても隠したがるに違いない。もしひどいことをされてたら、メイド喫茶だろうと俺がとっちめてやる)


 とっちめるといっても具体的な方法は思いつかない。


 ダンジョンとは違いここは街だ。


 メイド喫茶に殴り込みなんてことは駄目だ。 このとき俺はラビのためを思うあまり、お兄ちゃんとして暴走してしまっていた!


(おや……)


 しかし窓から眺める限りで仕事ぶりに問題はなさそうだった。


 メイド服のラビは眩しかった。


 ぱたぱたと給仕をこなし、お客様にも対応している。


 何より終始笑顔で、表情に曇りがなかった。 兎の洞穴もとい〈気になる木の家〉に戻り三人でマカタプをつつく。


「楽しかったよ~。覚えること一杯あるけどね。給料日にはお米を買ってくるよ!」


 だが俺は心配になる。まだ仕事初日だ。問題は後から起きるに違いない。


 次の日も俺はラビを覗きにメイド喫茶に向かう。窓から妹分の仕事ぶりを拝見した。


 三日目。俺はラビの仕事ぶりを覗きにいく。メイド服は黒地に白のレースというシンプルなものだったが、首元のリボンは色合いが鮮やかだ。


 メイドによって異なるらしく、メイド長らしき人はワインレッド、ラビはラピスラズリの碧といった風で華やかだった。


 俺が発見されたのは五日目のことだった。


 五日目ともなると、発見される確率があがるらしい。


 ラビの同僚とおぼしきツインテールのメイドさんが、裏口の窓に張り付く俺を見て、口をあんぐり開けた。


「きゃあああああ! 不審者ぁあああ!」


「違う! 俺は……」


 答えられない。


 ブレスマスターとかアビスマスターとかはただのクラスだ。


 今の俺に社会的地位はない


 追放されているので名前を名乗ることもできない。


 俺はなんだ?


 わかっていることは一つだ。


「俺は……ラビの……。お兄ちゃんだ!」


「自称するとか?! ないわ! きゃああああああ!」


 ツインテールのメイドは俺を前に絶叫する。

 しかし距離にして2メートル。すでに俺の領域だ。


「呼気相殺」


 俺はすでに呼吸能力を発している。


 呼気とは肺から外へ吐き出す息だ。


 そしてメイドの絶叫も〈呼気〉に分類される。


〈呼吸使い〉の俺の前では絶叫は通じない。


 メイドの〈呼気〉に〈吸気〉を当てることで、俺はすべての音を吸収していた。


 吸うことによって音を吸収する板の効果を生み出していたのだ。


「なんか、音が響かない? 何をしたぁ!」


「少し黙っていてくれ」


 俺はメイドに少し眠って貰おうと、手刀を向ける。


 そのとき俺の背後に影が走った。


「動かないで」


 首筋に短剣の刃がかけられる。


 あえて回避しなかったのは、短剣使いがラビだったからだ。


「誰にも聞こえないはずだったんだがな」


「あれ? お兄ちゃん?」


「耳がいいようだな。ラビ。さすがだ」


「お兄ちゃんの声だから、聞こえたんだよ」


 俺は観念しフードを取った。


 ツインテールメイドは尻餅をつきながら、きょとんとしている。


「ラビちゃんのお兄さん?」


 俺は観念し本心を話すことにした。


「妹がちゃんとやってるか、心配だった」


「お兄さんだったんですか。私てっきり覗きかと……」


 ツインテールメイドさんは誤魔化せたが、ラビは無理だった。


「お兄ちゃん! 駄目でしょ! フードまで被って。怪しいよ」


「俺は顔は見せらんねえんだからしょうがないだろ? それにミャカタプだって簡単に捕れちまって暇なんだよ」


「私の邪魔をするの?」


「そんなつもりは……」


「ひどいよ……。そんなに私、信用無い?」


 ラビは涙ぐんでいた。


 信用ないどころか、ニートなのは俺とタキナだ。


 ただ単に俺は本当に心配だったんだ。


 心配でかつ、メイド服姿が可愛かったからやみつきになっていただけだ。


 気づけば〈呼吸吸収〉も切れていた。騒ぎを聞きつけ足音がやってくる。


「そこまでですよ」


 裏口から背の高い眼鏡のメイドが現れる。


 赤いリボンのメイド長だった。


 ここ五日ほど窓からみていたからわかるぜ。


「ラビさんのお兄さん、ですね。私はメイド長のレーゼフェルンと申します。レーゼとおよびくださいませ。ああ事情は把握していますゆえ。どうぞお入りください」


(通報か?)


 俺は観念した。何せここは追放された街なのだ。


「す、すみませんでしたー!」


 俺は全力の土下座をする。


 全身全霊の土下座で、俺のおでこは地面にめり込んだ。


 名付けて〈大地融合土下座〉だ。


 自らを埋葬する勢いで地面に向けて土下座をする。


 俺なりの誠意だった。


「わかってるんだ。俺がしたことがストーカーだってのは」


「認めちゃうんだ、お兄ちゃん……」


 ラビのことが心配で。


 彼女が可愛くて、毎日窓から見ていた。


「だが後悔もない」


「開き直っちゃった?!」


 わかってはいた。わかってはいたけど止められない事って、あるんだ。


 弁解をするつもりはない。


 俺の暴走がラビに被害を与えたなら、全力謝罪しかないだろう!


「俺のことはいいから。ラビだけは、ラビだけは関係ないんだ!」


 三つ編みサイドテールのメイド長・レーゼフェルンは、眼鏡を光らせ俺をのぞき込む。


「何か、勘違いをしていらっしゃいますね」


「ラビだけは、彼女だけはどうか……」


「あなたが街から追放されたことは知っていますよ。その上であなたを迎えたいのです」


 俺は顔をあげる。


「どういうこと?」


「このお店〈幻影ドォルズ〉は、追放者の事情を理解している唯一のお店なのです」


 ラビがにへへと笑っていた。


「頃合いを見て夕飯のときに話そうと思ったけど。まだお店に馴染んで無くて……」


 ツインテールメイドがラビの肩をぽんとする


「そんなことないよ。ラビは即戦力だったでしょ」


「ありがと、ムニンちゃん。お兄ちゃんには落ち着いてから話そうって思ったんだよ」


 レーゼフェルンさんが俺の手を取り立ち上がらせる。


「追放者ならむしろ歓迎なのですよ、何せ私もまた追放者のひとりなのですから。あなたのお話も、聞かせてくださいね?」


 俺は息をのんだ。


 ラビが選んだ職場はとんでもない場所だったようだ。


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折返しです。ここから色んな人を巻き込んでいきます。


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