第24話 ラビの決意


 住居拡張を得たことで、兎の洞穴が、巨大樹木の十二階建てタワーになったまではよかったが、俺達は依然金がなかった。


「マカタプとその辺の草を食べる生活も疲れてきたねぇ」


 タキナはマカタプのスープを作りながらぽつりと漏らす。


「だよな。米とか食いたいなあ」


 俺がぽつりと漏らすとラビが立ち上がった。


「わ、私が盗んでくるよ。これでもシーフなんだから!」


 ラビがやる気を出していたが、あまり良い方向性ではなかった。


「盗みは駄目だぜ」


「でも……」


「そもそもラビはどうしてシーフなんだ? 俺は治癒術士とかの方が向いてると思ったが」


「現世でお父さんとお母さんに酒盗んで来いっていわれてて……。盗んでこないと殴られて」


「ストップ」


「だから必死で盗みを覚えて。でもやりたくなかったからうまくできなくて。補導されたりして、申し訳ないから謝って……」


「ストップ。思い出さなくていい」


 虐待家庭だと聞いていたが、想像を超えたひどさだった。


「シーフはやらなくて良い。つらいことは思い出さなくて良いんだ」


「ぅぅ。ありがとう、お兄ちゃ……」


「あたしはそうは思わないな」


 遮ったのはタキナだった。


「おま!辛いことを無理にさせる必要はないだろ!」


「つらかった記憶は簡単には消せない。紛らわそうとしたってついてまわるもんだろ」


「だからってラビに無茶をさせるのは反対だ!」


「あたしはね。『誤魔化すな』っていいたいんだ。?」


「……洞窟でのこと。見ていたのか?」


「安心しな。ラビには見せてない」


 タキナは俺が爪田に復讐をするところを遠目で見ていたらしい。


 ラビは「どういうこと?」と首をかしげる。


「タキナ……。少しだけわかってきた気がする。ソウルワールドは第二の人生だけど……。人間の魂である以上、俺達の心は現世と変わらない。わだかまりがあるままじゃ、結局しんどい」


「そういうことだ。中々わかる奴じゃないか」


「タキナって女子大生って聞いたけど。何個上なの?」


「女子に年を聞くもんじゃ無いよ!」


 うっかりした質問だったが怒られてしまった。乙女心は難しい。


 とはいえタキナにも考えはあるようだ。


「とにかくあたしは、ラビはシーフの力に向き合った方がいいと思う」


「でも俺はやっぱり反対だ! 危険なことをさせるなんて」


「最後まで聞け。あんただって〈ブレスマスター〉と向き合ったんだろう?」


 言われてみればそのとおりだ。


 ならばお兄ちゃんとしては、ラビの意見を尊重するのが第一だろう。


「向き合えるか?」と訪ねてみる。


「……自信ない」


 タキナは俺より上手にラビを諭す。


「何も盗みをしろっていうんじゃないんだよ。ギルドや正規のクエストでシーフに求められる役割を果たせばいい」


「もっと、自信ないよぅ」


「大丈夫だ。女子で10歳なら結構ちゃんとしているもんさ」


「じゅ、10歳じゃない!」


「ぉん?」


「今は15歳だもん!」


 今度はラビがタキナに食い下がった。


 こっちは年下に見られるのが嫌ならしい。


 乙女心はやはり複雑なようだ。


「むうぅうう」


 ラビが威嚇のように声をあげるも、タキナは怯まない。


「うーむ。女らしくはあるけどさぁ。15歳にしてはあんたは小さいよねえ」


「ち、小さくないもん!」


「勘違いしてないか? 身長がだよ」


 ラビの身長は140センチもない。


 ラビはソウルワールドに転生するときに『成長するイメージ』を自分に抱いたことで15歳相当まで成長し、女らしくはなったが、身長はまったく伸びていなかった。


「これは……。小さいのは生まれつきで……」


 俺は彼女のイメージについて推測する。


「なあラビ。もしかして。んじゃ無いのか」


「え……」


 タキナも「ありえるね」と神妙に頷く。


「私は……。お兄ちゃんに追いつきたくて」


「ったく。追いついたら俺はお兄ちゃんじゃなくなっちゃうだろ」


「あ、そっか」


「おっちょこちょいだな」


 俺はマカタプの肉をラビに食べさせる。


「うむぅ。もぐ……」 


「妹なんだから。ゆっくり成長すりゃあいいんだよ。肉は俺がいつでもとってくるからよ」


 しんみりするばかりもよくない。


 辛かった過去をすぐに忘れることはできないし、一生付きまとうものかもしれないけど……。


 それでも少しずつ、楽しい日常を重ねて、彼女の心を晴らしていきたいと思う。


「今はお金だがね」


 良い雰囲気なのにタキナが腐してくる。


「うるせ。女子大生なんだろ? なんとかしろよ」


「あたしもあんたも追放されたんだ。簡単に街には戻れないよ」


「いっそ隣町に行くか?」


「十二階建ての住処を手に入れて隣町ってのもねえ……」


「じゃあ俺とタキナで出稼ぎのルーティン組む」


「あんたがいないときに襲撃されんのは困る」


「知能は高めにってことか」


 あーでもないこーでもない、とタキナと一緒に悩んでいると、ラビが俺の袖を掴んだ。


「私、やってみたい」


 シーフとしてのギルドの依頼のことだろうか。


 俺はここでさらに想像を膨らまし、急に心配になってくる。


「ラビ……。やっぱり駄目だ! 君が危険な闘いをするなんてのは」


「そうじゃなくてね。お兄ちゃんは毒島に。タキナさんは魔山とかいう人に追放されたけど。私は【追放されてない】から」


「あ」

「そっかぁ」


 盲点だった。

 

「だからね。私が街に働きに出て、お兄ちゃんが狩り。タキナさんは武器工房の準備をすればいいと思うよ」


 弱音を吐いていたと思いきや、ラビの方が考えていたようだ。


「それにこの〈気になる木の家〉を造ったオーガエイトさん、だっけ? その人の足跡も、私が街で聞き込みをすればわかるようになるんじゃないかな」


 この子、天才じゃないか?


「……やるね、この子」 


「俺は知ってたがな」


「嘘つけシスコン」


 ラビは俺達を見つつ


「じゃあバイト探しに行ってくるよ。夕飯の狩りよろしくね」


と立ち上がる。


 俺は街までラビを送り、草原にでて適当にマカタプを狩った。


 ビーバーめいたケモノを担ぎながら俺は大丈夫だろうかと街の方角をみやる。


 ラビは夕方に帰ってきた。


「仕事、貰えたよ。メイド喫茶に勤めることになりましたー! ブイ!」


 ラビはピースサインで微笑んでいた。


「うーし。今日はマカタプの鍋だぜ!」

「毎日食ってるでしょうが!」


 タキナに小突かれながらも俺達はラビの就職祝いをした。


「いつもよりお肉がおいしいね」


 ぱくぱく食べるラビを横目に、俺とタキナは目配せをする。


(なあ。俺達もしかして、ニートなのか?)

(それ以上言うなよ?)


 追放された身とはいえ18歳の男子と女子大生年齢不詳が、10歳の女の子に養われることになってしまった。


「肉、うめえなあ!」

「お肉、おいしいなぁ」

「ふたりとも私よりも喜んでるね!」


 喜ばしいのはそのとおりだけど。

 しばらく現実はみない方が良さそうだ。





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