第3話 呼吸を経験値に【変換】


 俺は毒島に言われたとおり、毒沼竜の洞窟を先行する。

 毒ガスがないかどうかを、俺の呼吸能力で確かめるためだ。


「おーい肺活量。異常はないか?」


 背後から声。


「問題なさそうです」

「もう少し愛想よくしろよカス!」


 毒島の暴言は無視しつつ、真面目に空気のチェックをする。


「この匂いは……?」 


 硫黄の匂いがした。

 ここ一週間の間、俺はスキル:呼吸を鍛えていたからよくわかる。 


「【成分解析】」


 匂いの成分を解析すると、硫黄めいた匂いからはステータスデバフが検出された。


 スキル〈呼吸〉はどうやら『呼吸にまつわる様々な力』を強化できるようだ。


 たとえば『匂いを嗅ぐ』というのも呼吸によって発揮されるものなので、能力を鍛えることができるようだ。



神裂アルト レベル3


HP 78

MP 38

TP 28

攻撃 33

防御 23

魔攻 23

魔防 23

素早さ 33

運命力 0

体格 13

移動 10


【バイタル】グリーン

【スキル】呼吸

【アビリティ】不運、強肺、成分解析、毒耐性、呼吸経験値変換 ←new

【ギフト】カナリア ←new


 アビリティの【強肺、成分解析、毒耐性】はまだわかる。

だが【呼吸経験値変換】とは聞いたことがないものだった。


――【経験値が1入りました】

――【経験値が1入りました】

――【経験値が1入りました】


 表示をみて俺はなるほどと理解する。


 息をするたびに経験値が1入る。


【呼吸=微量経験値】ということだ。


 毒島のような経験値三倍とかならわかりやすく強いが、俺の力は、あまりにも地味な能力だった。


(がっかりだけど、ちょっとずつ頑張るしか無いよな)


 ギフトの欄にでた【カナリア】もよくわからない。


(『炭鉱のカナリア』は聞いたことがある。炭鉱にカナリアを連れて行くと、人間よりも先に毒や落石の危機を察して鳴いてくれるんだ。カナリアの行動に従えば危機を回避できるって奴か)


 俺はひとり先頭で苦笑する。


(カナリアなんかよりも、もっと強いものがよかったな)


 だけどこれが俺の『役割』なのだろうとも思う。


「このかすかな硫黄の匂いはステータスデバフだけみたいだな」


 背後のパーティはデバフに気づいていないようだ。

 俺は背後を気にかけつつ、さらに洞窟を進む。

 ふと脳裏にアラートがなった。


――【レベルアップしました】

――【レベルアップしました】


神裂アルト レベル3 → レベル5


神裂アルト レベル3


HP 78 →91

MP 38 →50

TP 28 →36

攻撃 33 →43

防御 23 →30

魔攻 23 →30

魔防 23 →30

速さ 33 →43

運命力 0 

体格 13 →15

移動 10 →11


【バイタル】グリーン

【スキル】呼吸

【アビリティ】不運、強肺、成分解析、毒耐性、呼吸経験値変換、呼気感知 ←new

【ギフト】カナリア


(レベルアップしたからか? だんだんと皆の息が聞こえるようになってきたな)


 俺は耳をすませる。


 背後を歩くパーティらの会話は先ほどまで聞こえなかったはずなのだが……。


 毒島と爪田の会話を盗み聞きする。


「毒島さん。なんでわざわざ毒沼竜の洞窟なんて選んだんすか?」


「ああ。金がすげー入るからだよ。ソウルワールドでは洞窟系のダンジョンがレートが高いんだぜ」


「どうしてっすか?」


「洞窟には配信デバイスがないからだよ。これは街や森なんかの低層ダンジョンは配信が繋がっていて、深層ダンジョンでは配信がされてねーってことだ」



 いままで聞こえなかった声が聞こえてきたのは、レベルアップで新たに得た〈呼気感知〉が関係しているようだった。


〈呼気感知〉によって、他人の呼吸を詳細に感知することができるようになったのだ。


 実際俺の脳裏では彼らの会話は、聴覚のみだと、


『ね○毒■さん。なん■わざ■ざ毒○★の洞★な○て……』

『■あ。か○が■げー■○からだ★』


 という具合に穴ぼこに聞こえていた。

 この穴ぼこの聴覚を、呼吸の振動を読むことによって補正をかけて、くっきり理解できるようになったのだ。


(第六感のようなものかな?)


 犬や猫が嗅覚によって相手が誰なのかわかるように、俺は呼吸のパターンによって、聞こえにくい会話を聞くことができるようだった。


 今は情報が欲しい。

 毒島と爪田の会話をさらに聞いていく。


「先人が何人いようと、このソウルワールドには攻略法があるんだよ」


「マジすか」


「まず金をゲットして運用する。パーティを組織レベルまで拡大すんだよ。いらないヤツを消して、強いやつを入れてく。手っ取り早く【未配信】の深層ダンジョンを制覇するのが近道ってことだ」


「パネエっすね!」


 俺は毒島と爪田の会話を聞きながら、情報を整理する。


〈配信接続〉とはソウルワールドで暮らす人々の映像を、現世の人間に配信したものだ。


【現世への配信】は、ダンジョン探索者の安全のためでもある。


 ソウルワールドの住民は魂の存在だが、死が存在するためだ。

 

 街や森などは【配信】によって現世と繋がっているが、洞窟などの深層ダンジョンでは【配信】が繋がらない。


 この毒沼竜の洞窟のような深層ダンジョンは【未配信】だからこそ、攻略難易度が高く大金を得られるというわけだ。


 毒島と爪田の会話を割るように、姫宮が声をあげた。


「ねえ。それじゃあアルト君はどうなるの?」

「あ~ん? お前まだそんなこといってんの?」


 毒島相手にも姫宮は怯まない。


「いらない子をとりかえるって。アルト君を犠牲にしてるみたいじゃん。よくないよ、そういうの」


「大きな偉業には犠牲はつきものだろ?」


「仲間を斬り捨てたら、人はついてこないよ!」


 会話を聞きながら俺は思う。

 姫宮。君はなんていい奴なんだ。


 必ず今よりもっと強くなって、君に誇れる男になるからな。


 毒島は斧を使う戦士職で圧倒的だが、いつか倒してやる。


 呼吸能力で倒せるかはわかんないけどな。


(ん。これは?)


 硫黄よりもさらに強烈な匂いが肺にずんと来た。

 アビリティ〈強肺〉を持っているので、すぐに適応する。


 だが他のパーティはそうはいかないだろう。

 俺は立ち止まった。


「皆さん。帰った方がいいです。ステータスデバフと瘴気による毒がある」


 俺はパーティー全員に向けて、冷静に事実を伝えた。


 だが毒島は怒り心頭となる。


「はぁ? 帰れるわけねーだろ。まだ金になんねーんだからよ」


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