第2話【肺活量】


 俺こと神裂アルトはパーティ7人分の荷物を抱えていた。


『おら、これも持てよ、肺活量!』

『おい。肺活量、ボサっとしてんじゃねえぞ!』


 7人パーティーリーダー巨漢の毒島が俺の背中を叩く。

 毒島の腰巾着である浅黒い金髪の男、爪田もまた、俺の拗ねに蹴りを入れる。


「……さーせん」


『さーせんじゃねえ。すみませんだろうがよぉカス! ったくしょーがねーなぁ!おい!圧倒的な俺の力をわからせてやるよ!』


 毒島のパラメータが開かれる。


毒島アキラ レベル20 剛戦士


HP 400

MP 30

TP 12

攻撃 380

防御 380

魔攻 30

魔防 30

素早さ 30

運命力 500

体格 300

移動 20


【バイタル】グリーン

【スキル】超筋力

【アビリティ】強健、剛運、経験値三倍

【ギフト】略奪適性



「文字通りてめぇとはステータスの桁が違うんだよ!」

「まぁまぁ毒島さん。肺活量君がいなかきゃできないこともあったんだからさ。多めにみてやってよ」


 毒島を諫めたのはパーティの良識人、穏川おだやかわさんだ。


「っち。命拾いしたなぁ!」

「大丈夫かい? 

「……」


 俺はお礼は言わない。結局〈肺活量君〉で呼んでるからな。


。戦士職の毒島さんがいなかったら俺達は全滅していたかもしれないんだ。あんまり喧嘩はしないでくれよ?」


「俺がいないと、洞窟のルートを間違えて毒の空気にあたっていたかもしれません。荷物くらい平等に持ってくださいよ」


 爪田がまた「らぁ!」と、蹴りをいれてくる。


「穏川さんの温情もわっかんねえとか。てめえは本当にクソだな』」


 他のパーティメンバーは俺をみてクスクス笑っていた。


「その辺にしときなよ~。アルトは実際使えるんだからさぁ」


 ただ一人擁護してくれたのはパーティーの紅一点〈姫宮イバラ〉だった。


「イバラ……」


 姫宮イバラは生前、俺と同じ病院に入院していた、昔なじみでもあった。


 俺は病院での記憶を思い出す。


『アルトさぁ。もし死んでソウルワールドに入ったら。一緒に冒険しよーね!』

『ああ。すげえ鍛えて、守ってやるよ』


 俺たちは難病病棟の子供だった。


『じゃあ私は魔導師になろ。【ずっと一緒にいようね】約束だよ!』

『ああ。約束だ』


 今となっては美しい思い出だった。


 だが現実は非情である。


 イバラと同じパーティーになったはいいものの俺は荷物持ち。

 彼女を守る力は何もなかった。


「すまん。姫宮」

「いーよ、気にしないで」


 俺はパーティーの最後尾で荷物を持っている。

 姫宮は毒島や爪田に囲まれて、前を進んでいった。


「お前らぁ! 今日は毒沼竜の洞窟へいくぜ! 現世では配信してっからよぉ! ランクをあげまくって金もじゃんじゃんゲットしてソウルを高めていこうぜ! 


 ソウルワールドの活躍は現世で配信もされている。

 死後の活躍が現世でも評価される。

 ソウルワールドは現実と対を成す〈もう一つ世界〉でもあるのだ。

 

「つーわけで肺活量」


 毒島に小突かれる。


「こっからはてめーの出番だ。毒沼竜は瘴気を出してくる。てめーが先行して、毒がでてねーかチェックだ。つまり毒見役だ!」


 俺は従うしかなかった。

 どうしてこうなってしまったのだろう?


 分岐点は一週間前。

 転生初日にあった。




 転生初日。

 333期転生者は、白亜の伽藍からソウルワールドに放り出された。

 始まりの場所は、街付近の草原の丘だった。


 草原からは街が見渡せた。

 はじまりの街〈リスタル〉だと表示が浮かぶ。


『ここがソウルワールドか』

『あれがリスタルの街ね』

『俺達の第二の人生が始まるんだ!』


 333期転生者1000名は、丘に降りたった後、感想を漏らしていた。

 各々様々なグループに分かれていく。



 俺は丘の上に座って、人々をみていた。

 ふと俺の隣に、小柄なうさぎアバターが無言で座る。

 うさぎアバターは、140センチないくらい。小柄な人間サイズだった。


 俺はうさぎアバターをみて思い出す。 

 入院していたときに、同じく入院していた子供にプレゼントしたことがあった。


 姫宮イバラと同じく、車椅子の子供だった。


 名前は【白咲トワ】。


 たびたび車椅子を押してあげた。


 女の子に見えたがトワは自分で「男の子だよ」と言っていた。

 弟分として可愛がっていた奴なのだ。


 そして眼の前のうさぎアバターは、俺がプレゼントしたウサギのぬいぐるみと同じ姿だった。


 男の子なのにうさぎのぬいぐるみが欲しいというのは奇妙だったし、このうさぎが白咲トワかどうかはわからなかったけど……。


 とにかくこのうさぎアバターもまた、共に転生した同期のようだった。


 試しに声をかけてみる。


「君も、外から見てるのか?」


 うさぎアバターは震えながら、ゆっくりと俺の方をみた。


「う、うむ。俯瞰は大事なことだからな」

「やけに古風な話し方だな」

「うむ」


「名前は?」

「僕は白咲……」


 白咲。偶然だろうか。

 入院していたとき、可愛がっていた子供、白咲トワと同じ名字だ。


 やはり、トワなのか?


「白咲ラビ。ラビって呼んで」


 だがうさぎはトワではなく〈白咲ラビ〉と名乗った。

 名字も偶然一緒だったのだろう。


「俺は神裂アルトだ」

「うん……」


 ラビとの会話はそれだけだった。

 名字が同じだけで人違いのようだ。


 ふたりで沈黙。

 似たもの同士なのか、沈黙が心地よくもある。


 俺達はしばらくの間、丘の上に座り、転生初日の集団の動きを眺めた。

 このとき俺は姫宮イバラを探さなければならなかった。


 一緒に病棟で過ごした仲だ。

 姫宮とはソウルワールドでは一緒に冒険しようと約束もした。


(守るって言っちまったからな)


 とにかく早く、姫宮に会いたかった。


(あれはイバラ?)


 丘の上から俺は、姫宮らしき女の子を見つけた。

 姫宮は、巨漢の男と浅黒いチャラ男に声をかけられている。


(どうして、男に囲まれて……。楽しそうにしているんだ?)


 俺達は難病患者の病棟に入院していた。

 病室でもずっと一緒だった。


 姫宮は明るくて楽しいことが好きだから、俺はよくくだらないギャグを言って笑わせていた。


 姫宮は俺のつまらないギャグにも笑ってくれていた。

 なのに今は大人の男と談笑している。


「いかなきゃ。またな、ラビ」

「またね。がんばって」

「おう」


 白咲ラビはいい奴のようだったが、俺は姫宮のことでいっぱいだった。

 俺は丘から、姫宮の元に歩いて行く。

 俺を見ると姫宮は、毒島達に囲まれながらも迎えてくれた。


「アルト~! 探したんだよ! この人は毒島さんと爪田さん。7人でパーティ結成するから人を集めていたんだけどね。私はアルトと会いたかったんだ!」


「あ、ああ……」


 姫宮に『会いたかった』と言われて嬉しかった。

 しかし彼女の背後には様々な男達がいたのが不安だった。


「毒島さん。パーティにこの人も入れてよ」

「いいぜぇ。イバラちゃんの頼みだからナァ!」


 かくして俺は毒島パーティに入ることになった。



 そして現在。

 転生から一週間が経ち……。


「荷物持てよオラァ」

「……」

「謝れよカスオラァ!」


 俺は毒島パーティで過ごしながら、地獄をみている。


【スキル:呼吸。毒耐性を獲得しました】


 スキル:呼吸は成長しているらしいが、今の俺にはあまりに弱々しかった。



―――――――――――――――――――――――――――

治安が悪すぎる笑

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