第40話

40 王宮分裂



『抵抗するな!』

『スキル対策は済ませている。大人しく来て貰おう』

 兜に重装甲の兵士に囲まれたイバラ。

「姫宮イバラが命ずる。『私に従いなさい』」

 だがイバラの一声で、突入した5人の兵士は膝をついた。

『イエス、ユア、マジェスティ!』

 一瞬で敗北した親衛隊を前に、ラビは戦慄した。

「対策ってさぁ。資格を対策したくらいじゃあ無駄なのよ」

 膝をつく兵士の頭をイバラは撫でる。

「私のスキルは概念系統としてスキル昇華している。狙撃手を用意しても無駄ね。王宮側室である私を殺すという意思を持つだけでも、魅了催眠の干渉を受ける」

「なら、がいると知らされない状態でこの部屋を爆破すればいい」

 ラビはせめてもの報復で、イバラの弱点を呟く。アサシンの誰かが聞いているかも知れないと一縷の望みをかけたのだ。

「へーえ。わかってんじゃん。危険だからあんたは投獄ね。はい親衛隊諸君、この子を牢につれていきなさい」

『かしこまりました』

 ラビは親衛隊に掴まれ、連行される。

 アサシンの誰かが〈弱点〉を聞いてくれればと一縷の望みをかけたが、何も起きなかった。

「誰も。誰も勝てない。姫宮イバラには……」

 絶望に打ちひしがれ、ラビは地下室に連れて行かれる。



「うるさいのが消えてくれたわね」

 イバラの膝には親衛隊がふたり残っている。 王宮扇動罪と言っていたが、毒島の起こしたクーデターのことだろうか。

「ニルヴァーナ姫の差し金?」

「はい。王宮扇動罪で逮捕するように命じられました」

「扇動も何も。私はただデズモンド派に属する側室夫人なだけっしょ。デズモンド王が乱心して、かつて愛していたニルヴァーナ姫と相容れなくなった。だから共同統治をやめにして、私たち毒島一派に王権を譲る。王の決めた事ってだけよ」

「ニルヴァーナ姫は、デズモンドの乱心もイバラ様に原因があると踏んでいます」

「私は王の欲望を叶えただけだわ。とりあえず、あんたらは今日から私の仲間ね」

「畏まりました」

 親衛隊をつれてイバラは部屋をでる。

 毒島のもとに向かうと、城の庭で兵士を教育していた。

「さぁダーリン。クーデターを始めましょ?」

「おう、イバラじゃねえかよ。デズモンド王はいいのか?」

「もう私のものよ。魅了催眠は70%だったけど。昨日ちょうど100%になったわ」

「悪い女だぜ」

「そうそう。ネズミを捕まえたから。地下牢に入れておいたわ」

「殺さないでいいのか?」

「殺したら、たぶん逆効果」

「ぁん?」

「さすがの私でも悪いことしてるってわかるもん。殺すなんて残酷なことはしないわよ。噂が漏れたらヘイトを買うもん」

「お前、そういうとこあるよな」

「民衆は皆、私のことが大好きじゃなきゃいけないのよ? 私が殺しをするなんて噂は広めないわ」

「相変わらずひでー女だ」

 イバラは虚無だった入院生活を思う。

 絶望だった現実を思い出す。

 いまはそんなことはない。

 名前が知れ渡っている。

 皆がイバラのことが好きだ。 

 名前を聞くだけで、人が平伏す。

 何をしても褒められる。

 好き放題やれる!

 重税をしてちょろまかし、それで軍もつくった。

 軍から警察までを掌握した。

 反論する奴は粛正だ。

『生活が苦しい』と王宮へくる嘆願も全無視してやった。

 ヤジを投げかける市民は警察を使って身の程をわきまえさせる。

 イバラのやり方に反論する奴は、全員ニンジャで消せばいい。

 そうすれば、イバラのことが大好きな奴だけで市民が造られる。

 簡単でしょ?

「毒島さんが王になったら、もっと好き勝手できるわね」

「ああ。俺達は好きかってしたい欲望で生きてるからな。つまりとにかく最強ってわけだ」

 毒島は軍を指揮し、クーデターを開始する。「殺せ、殺せ、王宮のためになぁ! ニルヴァーナ姫こそが逆賊だ!」

 誰が逆賊かはもはや関係ない。

 卑怯とかズルとか関係ない。

 勝った奴が正しい。

 それが世界の真理だからだ。



 ニルヴァーナ姫は王宮から離れた砦に滞在していた。

「始まった、か」

 部屋の扉が開かれる。

「ただいま、戻りました」

「ご苦労だったな、マリカ」

 ニルヴァーナの元には血だらけとなったマリカが帰ってきていた。ニンジャに囲まれはしたが、全滅させつつ、脱出を果たしたのだ。「やはり毒島の背後には姫宮イバラがいるようです。デズモンドの乱心も彼女が元凶かと……」

「マリカ。君の任務は成功だ。要するに〈催眠使い〉が巧妙に浸食したというだけのこと」

「ラビを奪われました。助けることができず……。アルト様に申し訳が立ちません」

「『王宮に行く』といったのはラビの意思もあった。だが私もただ善良なだけの人間ではない。ラビを救いに行かせよう」

「ひどいお方、ですね」

「君はアサシンにしては優しすぎる。能力は買っているのだがね」

「王妃としてのロールのためには、冷酷さが必要というのは存じています」

「悪には悪がなければ対抗できないからね。安心しろ。私とて鬼ではない。アルトの案内役には君をつけよう」

「助かります。あの子のことは気に入っていますから」

「もっとも、全面戦争ということに代わりはないのだがね」

 ニルヴァーナ姫は砦から王都の方角をみた。(この闘いはソウルワールドという魂の仮想世界の転換点になるな)

 早期転生者であるニルヴァーナとデズモンド。

 つくりあげた世界と国家。

『法をつくる』というレーゼフェルン。

 そして強力なスキルを持った、新規転生者の存在……。

 ソウルワールドという世界そのものを構成すると言われる〈ゲームマスター〉。

「神々どもが何をみたいのかは知らないがね。結局はどこにいたって、魂の戦争は避けられない。ならば私は私のやるべきことをやるだけだ」

 ニルヴァーナは命を伝える。

 王宮分裂とクーデターより、最後の聖戦が始まる。



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