第38話

38 王都配属



 俺は騎士団長ゼルムと共に王都の兵として配属されることになった。

「ゼルムさん。俺のこの〈特務遊撃隊長〉って肩書きはなんです?」

「誠に遺憾だが、レーゼフェルン様からのお達しでな。個人が有する最大限の〈特記戦力〉として扱って欲しいとのことだ」

「レーゼさんに権限が? メイド喫茶の店主と思っていましたが……」

「レーゼフェルン様は、ニルヴァーナ姫の法律学者として直接顧問をしている方だ。軍部においては特別戦略顧問となっている」

「すごい人だったんですね」

「神裂アルト。貴様は新兵からしごいてやりたいところだったが。先日の馬車の襲撃に関しては、助かったと言わざるを得ない。……ありがとう」

 騎士団長は兜を取りお礼をした。

 兜の中はツーブロックだった。

「ゼルムさん。人の心があったんですね」

「俺をなんだと思っていたんだ?」

「厳しい人なのかな~と」

「間違いではない。だが道を踏みはずすことは俺は絶対にしない」

「絶対っていうけど。それ気づかないところで、大ダメージ与える奴ですよ」

「本当に口が減らない奴だ」

「目の前に居る人とは仲良くやらないと。やってられませんからね」

「特務戦力だろうと俺は仲良くする気はない。しごいてやるから。覚悟しておけよ」

「あっはは。宜しくお願いします」

「ったく。ふざけた奴め」

 ゼルムのツンデレは心地よかった。

 俺は〈特務遊撃隊長〉としてニルヴァーナ軍の兵士へ挨拶をする。

「ちわ~」

「よろしくな」

「っす」

 軍の中で俺はへらへらしているように見えるようだ。

(復讐と口にすると、薄れていく気がするからな)

 心の中では、煮えたぎる思いは消えない。

 自分自身が常に焼き尽くされそうだ。

 歴史上の王が戦争敗北後に『憤死した』と記述されることがあるが、俺にはその心境がよくわかる。

 メイド喫茶の調理師から聞いたことだが、心理的ストレスのダメージを受けると体内のミネラルやビタミンなどの栄養分を大量に消耗するという。

 メンタルを止むと身体が動かないというのは、栄養分の消耗もあると教えて貰った。

 そしてここからは俺の推測に過ぎないが歴史上の人物が『憤死』したのもおそらく、ストレスダメージで内臓がイカれたためだろう。 屈辱。不条理。絶望。

 外側からはわからなくても。

 物理的ダメージではなかったとしても。

 精神の消耗は、肉体を蝕み、殺しさえする。(現世にいたときは、中立的な意見に頷いていたこともあるが……)

 怒りをコントロール?

 アンバーマネジメント?

 加害者と同じ土俵に立たない?

 だが『憤死』はあるのだ。

 精神的ダメージで死んで、同情してくれる人もいやしない。

 心が弱い人だったんだね、で終わりだ。

(晴らさなければ。生きるために……。死なないために。晴らさなければ……)

 俺はメイド喫茶から持たされた干し肉や干し柿を取り出す。

 栄養を取り、戦闘に備えるのだ。

 ゼルムが再び俺の元に戻ってくる。

「王宮では、襲撃者の尋問が終わったようだ」

「結果はどうなんですか?」

「デズモンド王は無罪を主張しているが、ニルヴァーナ姫は当然収監を希望している」

「デズモンド王の頭がおかしいんじゃないんですか?」

「背後に、毒島の女がいるんだよ。俺はそいつがきなくさいと思っている」

「姫宮イバラ……」

「その名を知っているのか? まだ出回っていない名前だぞ。へらへらしていると思ったが〈特務遊撃隊長〉にふさわしいようだな」

「いえ。昔の知り合いってだけです」

「ニルヴァーナ姫直属のメイド達が、裏で動いている。俺達は表だって動くまで待機だ」

「期を逃しはしませんか?」

「必ず来る。毒島がやろうとしているクーデターの火だねは町中で燻っている。だが毒島も姫宮もやり過ぎた。正統性がないんだよ」

 騎士団長ゼルムの言葉はもっともだった。

「俺の前世は警官だった。警官は国家を信じられなくなっても、信じないといけなかった。 戦争という大きすぎる極悪を見逃して、中くらいの悪人ばかり捕まえていた。だがニルヴァーナ姫はね。善政だよ。今の俺は信じられる国家に仕えているんだ」

「ゼルムさん……」

「俺ができるのは取り締まることだがな。信じられる国家を、めちゃくちゃにされたくない。力を貸してくれ」

「言われなくても。俺は俺の始末をつけます」

「その意気だ」

 もはやただの個人的な復讐ではない。

 俺だけじゃ無かった。

 あいつらは多くの人を食い物にする精神だったんだ。

 


 ラビはマリカと共に、王宮へ潜入していた。 王宮メイドとしてニルヴァーナの護衛をしつつ、デズモンド王周りの状況を偵察する役目だ。

(僕はまだレベルが低い。戦闘で勝てる人は少ない。レーゼさんに言われたけど)

 マリカは高レベルのアサシンなので頼りになるが、メイド長とメイドである以上に、シーフとアサシンの関係だ。

 窮地になれば容赦なく斬り捨てられるだろう。

 ラビはマリカと共に調理室に配属されている。

 王宮に元々いた料理係に混じり、調理の仕事をしていると、あるものを見つけた。

「マリカさん。これって……」

「ドーピングシャンパンだ。魔族の血が含まれている」

 聞こえないように会話をする。

 メイド喫茶で働いたときに教えて貰ったが、ソウルワールドには強制レベルアップが可能なドーピングアイテムがある。

「私が料理長に尋ねてこよう」

 マリカがそれとなく料理長に尋ねた。

「イバラ様が取り寄せているシャンパンなのです。我々は産地などは把握しておりませんが……。魔山様のツテだとか」

「わかりました。給仕に行って参ります」

「宜しくお願いします」

 マリカとラビは共に、給仕に向かう。

 王宮の廊下を歩きつつ、姫宮イバラのいる王宮の離れの部屋に来た。

(ここにイバラさんが……)

 マリカが扉をノックする。

「お給仕に参りました」 

「入って頂戴」

 部屋は異様な光景だった。

 カーテンが敷かれて薄暗く、闇に満ちている。闇の中で燭台が複数灯っているが、儀式めいた灯りだ。

 部屋の壁一面にはドーピングシャンパンタワーの空のグラスが片付けられるでもなく、敷き詰められていた。

「あなた達が新しいメイドね」

「はい。お世話をさせて頂きます、イバラ様」

「同じく、お世話をさせて頂きます。イバラ……様」

 マリカと共にラビは、礼をする。

「御託はいいわよ、トワちゃん。今はラビなんだっけ?」

「……」

「遠慮しないで話していいわよ。それとも隠しているつもりだった? 成長したってわかるわよ。懐かしいわねぇ」

 イバラがぱちんと指を鳴らす。

 闇の中からは、無数のニンジャが現れ、マリカを拘束した。

「マリカさん!」

「くっ。数が、多すぎる!」

 イバラは闇の中で微笑んだ。

「私はねトワちゃん……。いまはラビちゃんか。今はあなたと話したい。そのアサシンは地下でもつれて拷問しといて」

 ニンジャによってマリカは連れ去られる。

「じゃ、お話しよっか? ラービちゃん♪」

 白咲ラビと姫宮イバラは、圧倒的立場の差の元、再会した。



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