第3話 天使の悪魔

上級天使ドミントの皮を被ったシトルリーは、名も知らぬ黒い羽の天使を探す。


戦に参加していたということは天使兵のはずだが、魔界と天界を繋ぐ門の守護を任されていたドミントに天使兵達との関わりはあまりなく、魔界に侵攻する天使兵達を見送ったくらいだ。


ドミントがアンリウムが参加した2度の作戦のうちどちらかの時だけでも門の守護を任されていれば記憶に残っていた可能性は高く、もう1人の門番だったシャラークがアンリウムから報告を受けた天使だったわけだが、シトルリーはそれを知らないのだから、自身の運の無さを後悔することもない。


シトルリーはドミントの記憶を頼りに、天使兵が多くいる天界で一番大きな神殿がある街を目的地とし、怪しまれない為にも、まずは神殿にいるはずの天使長に報告に向かう。



神殿の前に到着したシトルリーは、天使長に直接報告することは難しいとドミントの記憶からわかっていた為、神殿に入ったところにある受付に言伝を頼む。

化け物は自身のペットであるカースフレイムドラゴンということにしてざっくりと特徴を説明し、ドミントが生きていることになっている以上、被害はシャラークが恐怖のあまり股を濡らしてしまったことだけなので、緊急性は少ないとも話す。

浮遊島の近くを禍々しいドラゴンが通過して、その際に威嚇してきただけだと。



用を済ませたシトルリーは名も知らない天使を探す為に天使兵達の訓練場を見て回ることにする。

怪しまれては後々に関わるので、黒い羽の天使がどこにいるか知らないか?なんて歩いている天使に聞いたりはしない。


「上級天使でも許可のない者の立ち入りは出来ません」

シトルリーが各訓練場を上空から確認するが目的の天使は見つからず、第1兵団が使っている訓練場の中に入ろうとしたところで、訓練場に入ることを止められる。


訓練場は訓練の為の広い空間があるだけではなく、機密文書が保管されている建物も併設されている。

位に関わらず、許可のない者の立ち入りは出来ない。


「友人に訓練後に飲みに行かないか誘うだけの用でしたが、無理なことを言ってしまいすまない。訓練が終わった頃に彼の家を訪れることにする」

シトルリーは適当な嘘を吐いてその場を後にする。



ドミントの記憶には1人、どの訓練場にも入ることが許されていそうな人物との交友関係があり、シトルリーは会いにいくことにする。


「ストレチア第6兵団団長にお伝えしたいことがあります。アカデミー時代共に研鑽を積んだドミントが来たと伝えてもらえますか?」

シトルリーは第6兵団宿舎に向かい、管理人に話をする。

侵入しないのは騒ぎを大きくしない為であり、強行することが出来ないわけではない。


「待たれよ」



「久しいな。再会を懐かしみたいところではあるが、少々立て込んでいる。早速で悪いが用件を聞かせてくれ」

ストレチアはドミントの為に時間を割いて執務室から出てくるが、懐かしむ余裕がないことを早々に伝えて本題に入るように促す。


「私が門の守護を任されていることは知っているだろうか?何度か顔を合わせてはいるのだが……」


「もちろんだ。日々の職務感謝している」


「さっき禍々しいドラゴンに威嚇されて命からがら逃げてきたところなんだ。団長にまでなったお前が忙しいのはわかっているが、少しだけ話を聞いてくれないか?出来ればここではなく外で……」

シトルリーはストレチアに悩み相談を頼む。


「わかった。ただ、あまり時間をとることは出来ない。手短に頼む。少し出てくる」

ストレチアは管理人に一言告げ外に出る。


「そこの甘味処でいいだろうか?個室もある。2人きりで落ち着いて話せるならどこでもいいのだが……」

シトルリーは近くの桃饅頭の店を提案する。

言葉の通り他の目のないところに行きたいだけだ。


「ああ、問題ない」



「悩みを聞かせてもらえるか」

注文した桃饅頭が届き、店員が急に入ってくることも無くなったタイミングでストレチアが口を開く。


「悩みか……、死にゆく貴様には関係のないことだ」

シトルリーは演技を止め、ストレチアに魔法を掛ける。


「なにを……」

ストレチアはドミントの急変に戸惑い、答えを得る為の考える間も与えられぬまま意識を失う。


ストレチアの守護結界を軽く突破して眠らせたシトルリーはドミントに行ったようにストレチアの皮を剥ぎ取り、ジッパーを取り付け着ぐるみとする。


そして、シトルリーはドミントの皮を脱ぎ収納袋に仕舞った後、今度はストレチアの皮を被る。


「………………なるほど、なるほど。我の探していた天使はアンリウムというのか。所属していた第3兵団は我により壊滅。ストレチアは3つもの兵団が壊滅したことで頭を悩ませていると。しかし、アンリウムに近しい人物の情報はなしと」

シトルリーはストレチアの記憶を整理し、目的の天使の名前を知る。

2度もアモスデスの支配地から生きて帰ってきたことで、他の兵団でも有名になっているようだ。


「今は天使長のところに負け戦の報告をしているところか……。わざわざ喧嘩を売る必要もあるまい。アンリウムには後日会うとして、アンリウムに近しい者の情報を先に集めるか」

ストレチアの記憶から天使長の力が計り知れないほどに高いことを知ったシトルリーは、それでも自身よりは格下だろうと思いつつも、要らぬ騒ぎを起こさないことにし、皮の剥ぎ取られたストレチアを骨も残らぬ業火で消した後甘味処を出る。



アンリウムが特異な立場となっているのはシトルリーとしては都合が良く、団長の立場も使ってシトルリーが情報を集めていると、アンリウムが牢獄へ入れられたと情報が入る。


「まさかこんなことになるとは……なんとも都合がいい」

シトルリーはアンリウムに嫌疑がかけられ拘束されたことを喜ぶ。

アンリウムには家族と呼べる存在はおらず、数少ない友人も先の戦にて無くしていると知り、手詰まりとなっていたからだ。



「第6兵団団長ストレチアだ。アンリウムという天使のところに案内してくれ」

早速アンリウムに会う為にシトルリーは地下牢にやってくる。

団長が先の戦いの唯一の生存者から話を聞きにくるというのは決しておかしな話ではない。



「第6兵団団長ストレチアだ。先の戦いについて話を聞かせてもらえるか?」

シトルリーはストレチアとして檻の中にいるアンリウムに話をする。

平静を装っているシトルリーだが、内心では気持ちが昂っていた。


サラサラな金髪のロングヘアーにくっきりとした目の下にある泣きぼくろ、透明感のあるきめ細かい肌をした細い腕、全てを包み込みそうな胸部にプリッとした臀部でんぶ、そして背中から伸びるふわふわな黒い羽。

その全てがシトルリーの心に突き刺さる。


シトルリーがアンリウムを殺さず逃したのは、アンリウムに一目惚れしたからであり、恋の病に陥ったからだ。

天界までわざわざ足を運んだのも、アンリウムとお近付きになる為に他ならない。


欲しいものは力で手に入れてきたシトルリーだが、恋愛に関しては不慣れであり、理想だけは無駄に高かった。

そして、力で脅して従わせるのではなく、己を好きになって欲しいと考えていた。


「はい。私はフリージア分隊長の元、月華隊として最前線に配置されました。戦いが始まり、フリージア分隊長は間も無く戦死、月華隊もほどなく崩壊しました。他の分隊に混ざるのは隊列を乱すだけだと判断し、私は大隊長が撤退を指示するまで遊撃にまわっていました。最前線とは言いませんが、前線からは離れていません。理由は私にも分かりませんが、何故か私には悪魔達の攻撃が当たらなかったのです」

アンリウムは天使長から聞かれて答えたことを要約して、自身は裏切り者ではないという意味も含めて答える。

要らぬ疑いを掛けられぬように、まるで悪魔に護られていたかのようだったことをアンリウムは伏せた。


「君が嘘を言っているようには見えない。しかし、天使長様に反するのは難しいことだ。すぐにここから出してあげることは出来ない」

シトルリーにとってこの程度の牢獄からアンリウムを連れ出すことは容易ではあるが、それではここまで身分を偽り来た意味がなくなる為嘘をつく。


「はい。わかっています」


「君が犯していない罪で裁きを受けないよう証拠を集めるつもりでいる。改めて話を聞く必要もあるだろう。また訪ねてもいいだろうか?」

シトルリーは優しい言葉を投げかける。


「はい。よろしくお願いします」

アンリウムはストレチアを正義感の強い人物として認識して返事をする。



それから毎日シトルリーはアンリウムのもとに通い、アンリウムを解放する為の証拠集めをしているという作り話をした後、身の上話を話し合い親交を深めていく。


そんな日々を過ごしていたシトルリーだが、大きな問題を2つ抱えていた。


一つはアンリウムと仲を深めているのはストレチアでありシトルリーではないこと。

これではストレチアを演じ続けなければならず、もし演じるのをやめるのであれば、演じていたことをアンリウムに打ち明けたとしても恋仲になれるほどに仲を深めなければならない。


そしてもう一つは、アンリウムの外見はシトルリーのドスライクであったが、中身の方はそうでもなかったこと。

アンリウムの性格が悪いわけではなく、シトルリーが悪魔であるが故に、無実の罪で牢に入れられても大人しくしているアンリウムがつまらない存在に見えてしまう。


牢獄に入れられたとしてもすぐに脱獄を企て、牢に入れた天使長に復讐するような、そんな個性溢れる存在の方がシトルリーには好ましい。


感情を押し殺すような選択をすることは悪魔にとっては耐え難いことであり、自分はそんな選択しか取れない惨めな存在だと公言しているようなものだ。


大人しく牢に入っているのと、足掻いても牢から出られないのでは意味が大きく異なる。


それでもシトルリーが未だにアンリウムにこだわるのは、内面を無視してもいいと思えるほどに外見が好みだからである。



ある日の朝、シトルリーがどうしたものかと考えながら、今日も第6兵団の仕事は副団長に丸投げして地下牢に足を運ぶと、地下牢は喧騒に包まれていた。


「何があった?」

シトルリーは走り回っている看守を捕まえて事情を尋ねる。


「ストレチア様!大変です。天使アンリウムに脱獄されました」

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